2.ステル・セルア攻防戦

第1話 フンデコミュニティにて

 4月28日、シルフィとエマーレイの兄妹はステル・セルアに到着した。


 既にアネットから軍勢が出発しているが、もちろん、この早い段階で情報が伝わることはない。


 広大なステル・セルアには平穏な時間が流れている。



 2人は直ちにフンデコミュニティの中心地となっているシルヴィアの店を目指す。


 幸か不幸かこの日はシルヴィアが店に立たない日のようだ。そのため、店には近づこうとするものすらいない。完全に無人である。


「こんにちはー」


 気軽な挨拶をしながら、シルフィが中に入った。


 しばらくすると、店主が真っ黒な魚を持ってやってきた。自分が食べる分だろう。


 フンデにいた頃は、当たり前のように食べていたものだが、ハルメリカでは毎日のように美味しい魚料理を食べていた。であるだけに、今となっては真っ黒い魚には抵抗感を受ける。


「何だ、オルセナに行ったガキか」


「そうだよ~。店長のハゲさん」


 ガキと言われて、そのまま甘んじているようでは情けない。言い返すだけは言い返す。


 明らかに不愉快そうな視線を向けてくるが、それなら言わなければいいだけのことである。



「どうしたの? 何か騒々しいんだけれど……」


 二階からシルヴィアが降りてきた。


 今日は店に立たないので、こぎれいな服ではない。修道女や囚人が着ていそうな殺風景な服だ。


 それでもシルヴィアが着ていると、どことなく優雅な雰囲気が漂っているから不思議である。


(お姉ちゃんが同じ格好をしても、同じような感じなんだろうなぁ。エイルジェが着たら服がパチンと破けそう)


 いわゆるアクルクア三大美少女の全員をシルフィは見たことになる。その容姿を想像しながら、今のシルヴィアと見比べてみた。


「シルフィ、何か変な事を考えていない?」


 シルヴィアがけげんな顔をして尋ねてきた。


「アハハ、そんなことはないよ。それより」


「アネットが動いたの?」


 シルヴィアの言葉にびっくりした。


「げっ? 知っていたの?」


「知っているわけないけれど、2人だけで戻ってきたということはそういうことなんでしょ。ソアリス殿下はルーリー王子と合流して、大きく動くんじゃないかしら?」


「うん、そうなんだ。ここステル・セルアを攻撃するみたい」


 シルフィの言葉に、シルヴィアは目を丸くした。


「ステル・セルアに攻めてくるの!? いくら何でも兵力差がありすぎるんじゃない?」



 シルヴィアの驚きは、もちろん、その通りである。


 今までは自分が散々げんなりしていた立場である。それを説明するのに説得力をもたせられるかどうか分からないが、とにかく説明する。


「もちろん、兵力差は大きいんだけど、アルフィム姉ちゃんがいるから城門とか城壁は一撃で破壊できると思うの」


「アルフィムというと、フリューリンクをビアニー軍から解放したという……?」


「そう。ホヴァルト王と王妃、お姉ちゃんとツィアさんが連合軍組んで、55人で2万のビアニー軍を追い払ったわけ」


「……どういうこと?」


 シルヴィアは当然のように絶句した。



 アルフィムとジュニスの無茶ぶりは簡単には理解できるものではないだろう。


 それはシルフィにも分かったが、シルヴィアには別の驚きもあったらしい。


「何でツィア……ソアリス殿下がビアニー軍を攻撃する側にいたわけ?」


「あぁ、それはどう言えばいいんだろう……」


 アルフィムとツィアの関係も、よくよく考えればさっぱり理解できない。元々、ツィアはオルセナ王女としてつけ狙っていたはずなのに、最近では「ジオリスが暗殺者を送っているから気をつけろ」なんて言ってきたくらいだ。


(あ、そういえば、お姉ちゃんから離れちゃったけど大丈夫かな。大丈夫だよね、アネットの人達もいるわけだし……)


 説明を迷っていると、兄のエマーレイが初めて口を開く。


「ソアリス殿下のオルセナ王女に対する心境は嫌よ、嫌よ、も好きのうちという状態に陥ったようです。また、ホヴァルト王ジュニスの脅威を見て以降は、その対抗馬として使えるのではないかと考えているようですね」


「うん? ちょっと待って。ということは、アルフィム・ステアリートというのはエディス・ミアーノのことなの?」


 シルヴィアの質問に、「あ、そこからか」とシルフィは思った。


 確かに、三大陸一の美少女とまで呼ばれる存在が唐突に名前を変えることなど考えられないだろう。


「そうなのよ、あのお姉ちゃんは本当に変わった人で。まあ、ツィアさんもかなり変わっているけれども」


「……ということは、アネット軍が攻め込んでくると、そのままステル・セルアが占領されてしまう可能性も高いわけね」


「高いというか……」


 シルフィは苦笑する。


「ほぼ、ルーリー殿下が勝つと思う」


 シルフィの言葉にエマーレイも頷いた。


 シルヴィアは信じられないとばかりに驚くのみであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る