第3話 ネミリーとエルフィリーナ
修道院での会話が終わると、今度は修道女たちの住む寄宿舎へと向かった。
「私が行った時には、こんなところがあるなんて全く説明してくれなかったのに……」
エディスは不満そうであるが、そこはやはり金の違いがあるのだろう。
「エディスが修道院に入れば、自宅になるから紹介してもらえたんじゃない?」
軽口を叩くと、露骨に嫌そうな顔をした。
「修道院は色々大変そうだから……」
建前とはいえ、修道院に入るということは自分の人生の大半を神に捧げることになる。
起きてから寝るまでを様々に束縛される。
エディスのようなタイプには相いれない生活である。
「ま、とりあえずエディスがいると話がややこしくなるかもしれないから、お姉さんとの話は私に任せておきなさい」
ネミリーはそう言って寄宿舎に入り、エルフィリーナを呼んだ。
しばらくすると金髪の暗い雰囲気の女性が現れる。
(今までは姉妹って考えていたから姉妹に見えたけど、改めて見るとエディスとは全く違うよねぇ……)
今までは姉妹と思っていたので不思議と思わなかった。しかし、エディスの出自はどうやら違うらしいと知ると、全くの別人に見える。
思い込みとは怖いものだと思いつつ、ネミリーはまず挨拶する。
「お久しぶりです。ネミリー・ルーティスです」
「久しぶり……」
挨拶もやはり暗い。
「実はさっき修道院長に会ってきまして、今回の事故の件で金貨100枚を見舞金として贈呈してきました」
グレゴリオの感謝状を見せると、エルフィリーナの目が驚きで見開かれる。
「あら、そう……」
暗い口調だが、雰囲気は変わった。
ネミリーは修道院にとってはかなりの貢献者ということになる。不興を買うような言動をした場合、後でエルフィリーナ自身が文句を言われるかもしれない。
卑近なやり方であるが、ネミリーは寄付金で修道院周辺の人物を心理的に抑えつけることができるのである。当然、情報その他も聞きやすくなる。
「今回の件で、エディスとセシエルからエルフィリーナさんのことは聞きました。私にはそうした人はいないですけれど、お気持ちはお察しいたします」
「それだけ金持ちなら、近づいてくる人はいないの?」
「いるんですけど、相手にするようなものでもないですし。私自身が金持ちなので相手が金持ちである必要はないのですが、金のない人は近づいてこないですしねぇ」
「なるほどね」
「私も忙しいですので早めに切り上げたいので少々失礼な質問をします。ズバリ、エルフィリーナさんはミアーノ家に戻りたいという気持ちがあるのでしょうか」
エルフィリーナの目が見開かれ、大きく息を吐いて下を向いた。
「はっきり言いますと、エディスはあまり当主って柄ではありません。この点に関してはエルフィリーナさんもそうかもしれませんが、貴方は姉ですので、戻りたいという意思があるならエディスは譲るつもりでもいます」
「トレディアの大公子妃になるから?」
「ご存じでしたか」
「噂では聞いているからね。スケールが大きい話よね」
「好きになる相手にスケールも何もないでしょう。で、私の質問に対して答えてもらえますか? ミアーノ侯爵家に戻りたいのですか?」
はぐらかそうとするエルフィリーナに対して、ネミリーははっきり問いかける。
少し視線を合わせ、小さく溜息をついた。
「エディスと貴方の気持ちは有難いけど、配慮は無用よ」
「戻らない、ということですか?」
予想外にあっさりと断ってきたことに、ネミリーは若干驚きを感じた。
このまま亡き恋人と神に人生を捧げるつもりなのだろうか?
「アントニオが戻らないと決まったわけではないし……」
ネミリーは更に驚いた。
「えっ? でも、間違いなく船の中にいたんですよね?」
ネミリーは全滅したという報告を聞いていた。
もちろん、自らの目で確かめたわけではないし、船が沈没することイコール船員が全滅というわけでもない。何とか泳ぎ着いた、ネーベル船に救助されたという可能性は残っている。
ただし、そのネーベル海軍に関してはハルメリカに攻め寄せて壊滅している。捕虜となったものの中にもそれらしき者はいなかったはずだ。
「生存の証でもあるのですか?」
「そうしたものはないわ。でも、仮に手遅れだったとしても、何とかなる方法があるかもしれないでしょ?」
「えっ、えぇ……?」
淡々としてエルフィリーナの物言いにネミリーは戸惑った。
彼女が言う方法とは何なのか、さすがのネミリーも全く見当がつかない。
ただ、先程のグレゴリオの話を思い出した。
見舞金を送ったのは自分以外ではガフィンのみである。当然、彼も今のネミリーと同じように「見舞金を送ったのだ」という上からの立場で修道院側の人間にアクセスできただろう。
ひょっとしたら、彼の研究とも関わり合いがあるのだろうか。
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