第2話 修道院でのやりとり
エディスとともに修道院に入ったネミリーは、応対に出て来た修道女を指さした。
「ネミリー・ルーティスが会いに来たわ。責任者を連れてきなさい」
「ね、ネミリー……?」
エディスは呆気にとられる。通常は逆のパターンであるから、尚更驚きが大きいようだ。
同じく呆気にとられた修道女だが、その名前がハルメリカの代表であることを思い出したのだろう、すぐに「お待ちください」と戻っていった。
5分もしないうちに、40過ぎの無精ひげを伸ばした男が小走りでやってくる。
「貴殿がハルメリカ市長のネミリー・ルーティス?」
「市長代理。市長は兄だから」
「まあ、誰もあの人が市長だと思ってないけどね……」
エディスが小声で突っ込む。
責任者の修道士は途端に恭しい態度になった。
「私めはグレゴリオ・ガルジュノーと申します。責任を認めていただけるということですね?」
「そんなわけないでしょ。ネーベル海軍に沈められたのは気の毒だけど、私達も海軍に街を攻撃されたわけで撃退したけど多額の損害が発生したんだから」
ネミリーの啖呵に、エディスは「うわぁ」という顔になった。
この場でいきなり激しい言い争いが始まるのではないか、そんな不安にエディスも、連れて来た修道女も不安げな顔になるが、ネミリーが咳払いをする。
「とはいえ、貴方達が気の毒な立場であることは認めるわ。だから、見舞金として金貨100枚を渡します」
「えっ?」
これには修道院長のグレゴリオを含めた3人が驚いた。
次の瞬間には、まるで神をあがめるかのように両手をあげて、ネミリーの前で組む。
「おぉぉぉ、あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして、ちゃんと周囲に広めてちょうだいね」
エディスがけげんな顔をして、小声で尋ねる。
「そんなに気前良くていいの?」
「良くはないけど、この際、見舞金名目で出して、セローフとエルリザにプレッシャーかけるのも手かなと思ったのよ」
ハルメリカが見舞金を出したという話が広まれば、当然、対比として「セローフはどうなのか?」ということは話題になる。特にネーベル海軍はセローフの管理下を離れて襲撃したというのだから尚更だ。
ともあれ、グレゴリオの態度はコロッと変わり、修道女に「茶も出さないで何をしている!?」と怒り出す始末だ。
2人は修道院の応接室へと招かれた。
以前、エディスが姉と面会した時の、あの寒々しい面会室とは全く異なる。ソファもあれば、立派な装飾品が並んでいる。
「……いやいや、本当にダメージは大きいのですよ。働き手がほとんどいなくなりまして」
グレゴリオの愚痴が始まった。
「可哀相だとは思いますけど、働き手をまとめて乗せてしまうのも問題だったのでしょう」
「ハルメリカみたいに簡単に何隻も揃えられないって……」
ネミリーの手厳しい指摘に、エディスが珍しくまっとうな指摘をする。
「ともあれありがとうございました。これだけの悲惨な事故だというのに、見舞金をいただけるのもまだたったの2件目ですよ」
「ふうん、1件目は誰なの?」
ネミリーが何の気なく聞いた。
「アンフィエルにいるガフィン・クルティードレの教団からですよ」
「ガフィン?」
エディスの眉がつりあがる。
「同じ神に信奉する者同士……なのですが、他の地域の教会や修道院は酷いものです」
再び愚痴が始まった。
一時間ほどグレゴリオの愚痴を聞いて、普通の茶を2杯貰った後、2人は修道院を後にした。
「エディス、ガフィンって誰だっけ?」
ネミリーの質問に、エディスは「えぇ」と驚く。
「この前、セシエルと一緒に色々文句を言ったでしょ! もう忘れたの?」
「……あぁ、思い出したわ。何か変な実験していた人でしょ」
「そうよ!」
「もう1年以上前だから、忘れてしまうわよ。というか、そんな実験している面々が見舞金ねぇ。何か実験でもするのかな?」
またも何の気ないネミリーの言葉に、エディスはげんなりとなる。
「……えぇ、修道女とか集めて、子供を作るのかしら?」
「ありえないではないわよね。でも、特に修道院には何も働きかけをしていないみたいだし。ちょっと調べてみた方がいいかしら? 私だって下心があって金を出したわけで、私より金を持っていないはずのアンフィエルの連中が……」
とまで言って、ネミリーは「うん?」と首を傾げる。
「そういえば実験の話は聞いたけれど、その教団ってお金の状況はどうなの?」
「お金? お金はどうかなぁ」
そんなことは考えたことがない、という顔をしている。
「怪しい実験だけど、一部の人には重宝されているんでしょ? 資金集めが巧く行っているのかも。ちょっと調べてみた方がいいんじゃない?」
「そうね。セシエルが戻ってきたら、やってもらう」
「……自分ではやらないんだ」
嫌いなんじゃなかったの?
ネミリーはそんな苦笑を浮かべた。
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