2.天才の邂逅

第1話 時すでに遅し

 セシエル・ティシェッティがハルメリカに到着したのはそれから7日後であった。


 海上の湿気で1日延期となり、仕方なく早めに伝えようと伝書鳩を送ったが、それから更に3日間、海上の雷雨で動くに動けなかったのである。ようやく晴れた4日目に連絡船で向かい、3日かけてハルメリカにやってきたというわけだ。


「……」


 ネミリーは完全なる無表情で、セシエルを迎える。


「エディスは?」


「4日前に出て行ったわ」


「出て行ったって、どこに?」


 相変わらずのフリーダムな従姉である。


 重傷の身でいきなり抜け出してハルメリカまでやってきたことも驚きであるし、更にそこから移動したというのも驚きだ。


 ただ、どこかに行ったということはツィア・フェレナーデとの間に問題は起きなかったことを意味する。それは安心だ。



 そう思ったのもつかの間、セシエルは奈落の底に突き落とされるような言葉を連続して聞くことになる。


「ホヴァルトよ」


「えっ……ホヴァルト? 何をしに?」


 セシエルはホヴァルト王となったジュニス・エレンセシリアに、その腹心のライナス・ニーネリンク、ネーベルから寝返ったユーギット・パメルらは知っている。しかし、彼にしてもホヴァルトについて知っていることはそれだけで、当地を歩いたことはない。


「それが一番フリューリンクへの近道になるって」


「はあああ!?」


 確かに地図を見れば、フリューリンクに行くにはホヴァルトを突っ切って行くのが近い。


 しかし、そこは魔族が住むとも言われるような場所である。無謀極まりない。


 そもそも、何故にフリューリンクに行くのかも分からない。


「……ガフィン・クルティードレとビアニー軍に問題があるから、フリューリンクに行って抵抗運動をするって言っていたわ」


「……いやいや、ちょっと待って! 何でそんなことになるの? 意味が分からないんだけど? ネミリー、何で止めなかったの?」


 当たり前の抗議をすると、ネミリーが更に不機嫌そうな顔をした。


「そもそも、重傷の原因自体、姉妹の間に何か起こったからでしょ?」


「……あれ、エディスから聞いたの?」


 伝書鳩にはエディスの重傷の原因がエルフィリーナにあることは触れていない。それを知ればネミリーが大激怒すると思ったからだ。だから、エディスもこのことは話さないだろう。


「……言ってはいないけど、急にミアーノ家から離れるみたいなことを言いだしていたら何となくピンとくるわよ。私が修道院に圧力かけていたこともあるし」


「ミアーノ家を離れる?」


 そこでセシエルは、エディスがフリューリンクに行くに際して、名前を変えることを聞かされる。


「ということで、ツィア・フェレナーデやシルフィ・フラーナス達を連れて行ったわ」



 ネミリーが何気なく言った言葉に、セシエルは再度絶叫をあげた。


「えぇぇぇっ!?」


「何なのよ?」


「手紙に書いたよね!? ツィアさんのこと!」


 ネミリーはむすっとした仏頂面で、手紙を机の上に置いた。


 そこにはエディスが負傷していることと、ツィアに気をつけるようにと書かれてあるが、その先のこと……彼がビアニー王子であることなどは滲んで見えなくなっている。


「まずいよ! 彼はビアニーの王子で、エディスがオルセナ王女だって知っているんだよ!」


「何ですってぇっ!?」


 今度はネミリーが絶叫する番だ。もっとも、彼女の場合は絶叫だけでは済まない。


「何であんたは! そんな大事なことを! こんな雑な方法で伝えようとしたのよ!」


 伝書鳩なら二羽か三羽飛ばせ、できないなら泳いで来い。そもそも今まで何で黙っていた。


 ネミリーから罵詈雑言だけでなく、手近にあった箒で何度も叩かれる。


「そんなこと言っても……」


 セシエルとしてはそういうしかない。



 30発ほど叩かれた後、どうにかネミリーも落ち着いた。


「どうするのよ? 金の問題じゃないとなれば、脅しが効かないじゃない……」


「そもそもどうして金の問題だと思ったんだよ……」


「だってエディスが、彼がサルキアを殺しただのどうだの言っていたから」


「彼が殺したわけじゃないよ。ガフィンの使いだって」


「……そういえば、本人もそんなことを言っていたわね。迂闊だったわ……。追いかける?」


「4日前に出かけたんでしょ? 間に合わないよ」


 ツィアがその気になれば、隙を見つけて殺すだけの時間は十二分にある。


「そうならないことを期待するしかない」


「でも、ビアニーとオルセナなんでしょ?」


「そうなんだけど……」


 エディスが姉に刺された後、ツィアが背負って持ってきたことも事実である。


 彼自身迷っているのは確かであり、そうならない方向に賭けるしかない。


「シルフィちゃんに、他の人達もいるなら、変な事にはならないと思うんだけど……」



 それでも、大きな問題が立ちはだかる。


「それが何とかなったとしても、ホヴァルトを突っ切っていくのはなぁ。ジュニスと鉢合わせになったらお互いに魔力暴走起こして大山の一つや二つ、吹き飛ばしかねない……」


 頭を抱えたくなるが、これについてももはや完全に出遅れている。


 そうならないことを祈るしかなかった。

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