第15話 アルフィム・ステアリート・3

 ホヴァルトを突っ切って、ステレアの王都フリューリンクに入ると言う発想に、ツィアは面食らった。


(それはまあ、確かに距離だけ見ると最短ルートかもしれないが……)


 ホヴァルトという地域は険峻な山々が連なり、しかもそこには魔族が住むというような話がある。


 もちろん、実際に確認したという話はない。ただ、ホヴァルトからやってきたという者もいない。


 わざわざ通過する場所とは思えなかった。



「良かったら、ついてきてほしいの」


 目の前の美姫の言葉に、ツィアは思わずのけぞった。


「はぁ!? 私に、ですか?」


「他に誰がいるのよ?」


「私が姫に何をしたのか、忘れたわけではないですよね?」


「みんなに馬鹿だと言われるけど、そこまで忘れるほど馬鹿じゃないわ」


「それで、そういうことを言います?」


「でも、お金を貰って頼まれたりしたわけでしょ?」


「えっ?」


 一瞬、目を丸くする。


 サルキアの件もそうだが、どうやら金をもらって行動をしていると考えているらしい。近くにいるはずのネミリーが突っ込みを入れないということは、2人がそう思っているということだ。


(まあ、セシエル公子から話を聞いていないのなら、そういう解釈になるのか)


 自分から訂正するのもおかしいので、ひとまず次の言葉を待つ。


「お金という点では、フリューリンクまで帯同する資金はネミリーに出してもらうわ。それではダメかしら?」


「……ちょっと考えてさせてください」


 ツィアは断って実際に考える。



 帯同自体には特別問題はない。


 既に二度失敗したのだし、この状況だ。生かしてもらえるだけでも有難いとも言える。


 ただし、自分がフリューリンクに入るというのは気がかりだ。


 ビアニー王子の自分が、ビアニーが攻め込んでいるフリューリンクに入城するのはいかがなものか。


(とはいえ……)


 フリューリンクを攻囲するビアニー軍の状況も、決して良くはない。


 ジオリスやシェーンは頑張っているようだが、何といってもジオリスのネーベル部隊の質が悪すぎる。長期的な籠城戦になることは必至だ。


(となると、フリューリンクの中に入って状況を確認するということも悪くはないか。入ることができれば、だが)


 フリューリンクの入り口で最低限の身分チェックをしている。


 エディス・ミアーノならそれを突破できるかもしれないし、そうなれば「フンデから来ました」で通じるかもしれない。


 フリューリンクの偵察をすることも悪くはないだろう。


 ツィアは大きく深呼吸をした。


「分かりました。エディス姫に付き合いますよ」


「本当!?」


「この状況ですから、少しでも状況が良くなるなら従うしかないですしね。巻き添えをくった者もいますし」


 ツィアは隣の独房に視線を向けた。



 30分後、収容塔の1階広場にファーミル・アリクナートゥス、エマーレイとシルフィのフラーナス兄妹も降りてきた。


「あ~、ようやく釈放された。ハルメリカは酷すぎるところだわ」


 シルフィが愚痴をこぼすと。


「酷すぎるところなら二度と来る必要はないわよ。永久追放処分にして記録しておくわ」


 柱の裏にいたネミリーが怨念のこもった声を出す。シルフィは飛び上がらんばかりに驚いた。


「ひぃぃ!? 何でそんな隠れたところに市長代理がいるの!?」


「私がどこにいようと、私の勝手でしょ?」


 ネミリーは特に隠れようと思っていたではなさそうだが、シルフィは自分を待ち伏せしていたと思ったのだろう、以降は何も言わなくなる。


 そんなシルフィに一瞥を加えて、ネミリーは小さな袋を取り出した。


「うわ、これは凄い」


 袋を開くと、金貨より貴重な白金が入っていた。途方もない額になりそうである。


「……買収したつもりで、より多額の金で別勢力に買収されたら笑い話にもならないからね。そういう点では糸目はつけないから、不足があるなら後で申し出なさい。その代わり……」


 ネミリーはそれだけの貴重な袋を無造作にツィアの方に放り投げ、険しい視線を向ける。


「もし、裏切るようなことがあったら、地獄の底まで追いかけて示しをつけさせるわ。覚えておきなさい」


「……心しておきますよ」


 冗談が一切ないことは誰の目にも分かる。


 シルフィが「この姉ちゃんは色々な意味でマジでヤバすぎる」という恐れおののいた表情を向けている。



 続いて、ネミリーはファーミルに視線を向けた。


「イサリアの方には、新しい大使を寄越すように要請を出すわ。貴方はエディス……じゃなくてアルフィム・ステアリートの警護をしなさい。再度情けないマネをするようなら、もうハルメリカに来なくていいからね」


「はぁ……、しかし、私で大丈夫でしょうか?」


「一応、学長の息子なんでしょ?」


 2人が話し合いをしていると、「それでは!」とエディス……アルフィムが地図を広げる。


「私達はこれから、ステレアの王都フリューリンクに向かうことにするわ!」


「……ステレア? どうやって行くの? バーリスから行くにしても、ベルティを通行するルートにしても結構危なそうなんだけど?」


 シルフィが当然の質問を投げかけるが。アルフィムは「ふふん」と勝ち誇ったように笑う。


「もちろん! ホヴァルトを突っ切って行くのよ!」


 ツィアがこれを聞くのは2度目であるが、絶句する者が3人増えたことは間違いがなかった。

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