第6話 メイティアの研究・1

※やや不快な表現が入っております。



 そこから進むこと30分ほど。


「あっ!」


 セシエルとジュニス、2人がほぼ同時に声をあげた。



 ほとんど真っ暗で明かりだけが頼りだった樹海の中において、向かう先に空からの光が差し込んできている。


「あの一角だけ、木々がないのです」


「ないの? それとも魔法でなくしているの?」


 セシエルは少し意地悪く問いかけてみた。


 常人ではない魔道士2人が樹海の中で研究をしていると言っても、真っ暗な中で24時間生活はしたくないだろう。それに研究者だけでなく、ガフィンやバーフィンも出入りしているようだし、それなりの人数がいるようだ。


 光がないと生きていられない。


 だから、魔力などを使ってある範囲だけ木々を取り除こうという努力をするはずだ。


 バーフィンも否定しない。


「……まあ、皆で色々苦労してやっています」


「……だよね」


 セシエルの声が少し明るくになった。ずっと真っ暗な中を移動していた中の光である、知らずげんなりとしていた気分が前向きになったらしい。



 筏は川を進んで、光の下へと近づいた。


 川のほとりが拓かれていて、20ほどの建物がある。


 見たところ、全てが居住用の建物のようだ。


「食べ物は大丈夫なのかな?」


 食料施設がないように見えることが気になった。農地もないし、貯蔵庫のようなものもない。


「それは大丈夫ですよ。このあたりには食べられる草がかなり生い茂っておりますので。森で狩りをすれば肉も得られますし、川に魚もおります。香辛料と塩も岩から取れますので、ネーベル南部やステレア北部より余程良い生活が送れますよ」


「そうなんだ」


「さて、あちらです」


 とバーフィンは川からもっとも遠い建物を指さした。筏を止めて、そのまま歩いて向かう。



 集落にいるのは老人が多い。


 バーフィンがにこやかに挨拶をするとそれに応じている。見ず知らずのセシエルとジュニスに対してけげんな視線を向けるが、バーフィンの客人と理解しているようで向こうから話しかけてくることはない。



「失礼いたします」


 バーフィンが挨拶をして中に入った。


 続いて入ると、妙な臭いが鼻をついた。ジュニスも思わず「何だこれは」と鼻を押さえている。


「……薬草を煮詰めるとこういう臭いがする。気にするな」


 奥から女性の声がした。声の方向を見るが、ぼんやりとしたもやがかかっている。薬草を煎じた煙のようなものかもしれない。


 それでも次第に目が慣れてくる。


「うわ……」


 部屋の中は色々なものが転がっている。実験用に使う容器のようなものや、皿といったものだ。隅の方には怪しい木々が置かれてあった。


 奥にテーブルがあり、そこで1人の女がこちらを眺めている。


 もやが晴れて、はっきりと顔が見えた。


「……うん?」


 ジュニスが違和感たっぷりの声をあげた。セシエルも思わず声が出そうになったから、ジュニスを責めることはできない。


 年齢は30前後だろうか。容姿については評価しづらい。美人ではないように見えるが、ボロボロのローブを着ているので多少見た目で損をしている節はある。


 それ以上に注目を引くのは瞳孔だ。一本の縦線のみでまるで蛇のように見える。


 それだけで「只者ではない」という印象を強く受ける。



「あんたが死んだ者を生き返らせる研究をしているのか?」


 ジュニスが問いかけた。


 女は面倒そうな顔をまずジュニスに、次いでバーフィンに向ける。何で外から人を連れてきた、と無言で抗議しているようだ。


「……メイティア・ソーンだ。よろしく」


「ジュニス・エレンセシリアだ」


 相手が名乗ったのでジュニスが名乗る。となると、セシエルも名乗るしかない。



「……さて、バーフィンがどういう説明をしたのかは分からないが」


 自己紹介が終わった後、メイティアは溜息をついた。


「完全に死んだ者が生き返るということは、端的に言ってありえない」


「……うん?」


 あっさりと否定されて、ジュニスは目を丸くした。


「ただし、死ぬということがどういうことなのか? その解釈は定かではない。宗教家なら神の下に魂が赴けば、というのだろうが、それを見ることはできないからね」


「それはまあ、そうだ」


「生物の体というものは、実に多くの欠片から成り立っている。本体が死んだとしても、その全てが死んだと言えるのか……? 仮に一部が生きている場合、本体はまだ死んだとは言えないのではないか?」


 メイティアは「あまり気持ちの良いものではないだろうが」と部屋の隅にある箱を二つ手にした。そこには昆虫とネズミがいるようだ。


「人間の首を落とせば、100人中100人が死んだと言う。しかし、虫の首を落としても彼らはしばらくの間生きている。食べることができないからそのうち餓死するけどね。つまり、生死の狭間の見極めは、意外と難しいのだ」


 続いて、ネズミの箱をテーブルに置いた。


「百の説明より、一つ見る方が早いだろう」



 言うなり、ヒュッと風を切るような音がした。


 ネズミの首がスパッと飛んでしまう。


 続いてメイティアは近くにある瓶を手にした。そこに管のようなものを通して、ネズミの切断面に薬液のようなものを浸す。


「……えっ?」


 ネズミはしばらくぐったりしていたが、やがて切断面からふつふつと泡のようなものが湧いてきた。それが次第に膨らんでいく。


「ま、マジかよ……?」


 さしものジュニスも驚きの声をあげる。


 膨らんだ泡が次第に切断された首のような形になっていく。


「体の欠片も独自に死んでいくのだけど、その再生を活発にすることはできる。これを極度に進めることで、体が再生されていくわけだ。ま、脳の再生にはさすがに時間がかかるけどね」


 メイティアは特別感慨もない様子で言った。


 セシエルも、ジュニスも、修復されていくネズミの頭部をただ、ただ凝視するだけだ。

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