第7話 メイティアの研究・2
およそ15分、ネズミが動き出した。
「生き返ったね……」
魔道の奇跡と言うものを目の当たりにした気分だ。
「そう。生き返ったと言っていい。このくらいならば」
「……というと?」
「ガフィン司教の妻子が亡くなったのは四年前だ。遺体はきちんと保存されているらしいが、さすがにこれだけ経つと生き返ったとは言えないだろう。私はそう思う」
「というより、それだけ時間が経つと人間の体を作る欠片も全部死んでいるのでは?」
メイティアは生物の欠片の再生力を強化する、というようなことを言っていた。
それは生きている欠片が残っているからこそ成り立つ話だ。死後四年も経てば、そんなものはないのではないか。
「……そこから先は完全に、個々人の考え方となる。私も君と同じ考えだ。しかし、ガフィン司教はそう考えていないようだ。彼の妻子は魔力で体液を循環させ、滋養のある溶液に浸しているという。無理矢理ではあるけれど、体の一部に生きている部分がある、と言えなくもない。それが正しいのか間違っているのか、それを判断するのは私の仕事ではないね」
「つまり、この魔道……魔道研究かな、それをガフィンの妻子に使うことになると」
セシエルの言葉に、メイティアの細長い瞳孔がスッと閉じる。
「まあ、私としては拒むことはできない。ガフィンが色々手配してくれたし、資金を集めてくれているのは間違いないからね。安定した可能性が期待でき、かつ彼が希望するのなら、そうなるだろう」
「今はやらないってことか?」
ジュニスが尋ねた。
「今は無理だね。まだまだ未完成だ」
メイティアは「あまり残酷だと受け止めてほしくないが」と、またも木箱を取りに行った。そこにいるネズミの首を再度スパッと切断した。
先ほどと異なるのは、今度は胴体だけでなく、切断された首の側にも液体をつける。
そこから断面が盛り上がってきて、肉片が急に再生されていくところは同じだ。
しかし、時間が経つにつれて、首から再生していく方は様子がおかしくなっていく。
「うん? 何か変だぞ」
ジュニスの言葉を待つまでもなく、首から再生するネズミの胴体は明らかにいびつな形になっている。いや、いびつな形というより無造作に膨れ上がっているだけだ。
「……当たり前だが、失った部分が多ければ多いほど、その再生は大変になる。欠片が分裂する際に間違いも起きうる。間違いが起きたら、そうなる」
メイティアの言う通り、ネズミの頭を持つだけの肉だるまのように膨れ上がっていく。これでは到底ネズミとは言えない。
メイティアがパチンと指を鳴らした。膨れ上がった肉塊の方が燃え尽きてなくなる。
「当然、ネズミよりも大型にして複雑な機能をもつ人間は再生が大変だし、再生の際にエラーが起きやすくもなる」
「そいつは……とんでもない恐怖だな」
「だから現時点では無理だね。もっと精度の高い研究が必要になる」
そう言って、自嘲気味に笑った。
「そしてこの研究が魔術学院の首脳陣には気に入らなかった。君も海外留学生だから、ひょっとしたら知っているかもしれないが、魔術学院の学院長レイラミール・アリクナートゥスの夫は中々難儀な状態にある」
「……」
もちろんセシエルは知っている。
直接本人に会ってはいないが、レイラミールの夫リューネティオスは魔術の暴走を起こして、脳が動かない植物のような状態で生きているという。
「そういう人間に対してどうするか? まさか首を切り落として再生させるわけにもいくまいが、彼らはそういうことを連想してしまった。とんでもないということで追放されたというわけだ」
「……同情はしづらいですね」
確かに不当な扱いかもしれない。
ただ、メイティアに同情できるかというと、できない。
メイティアは同情を求めていたわけではないようだ。依然淡々と次の話に移る。
「実はもう一つ、私が危惧していることがある。というのも」
近くの本を開いた。そこに地図がある。
「この大陸はしばらく大きな戦争がなかったが、今、各地で戦争の機が熟してきている。ビアニーはガイツリーンに攻め込み、トレディアとベルティでは内戦が近い」
「ホヴァルトもいるぞ」
ジュニスが自分を指さすが、メイティアは「あ、そう」と無関心だ。
「戦争に勝ちたいとなった時に、この魔道は中々厄介なことになる。例えばある兵士が負傷したとしよう。そこに沢山塗りたくってみたら、どうなると思う?」
「うわぁ……」
想像したくないものを想像せざるを得ない。
いつも自信満々のジュニスですら、「そいつは厄介そうだな」と顔をしかめる。
「2人とも正解に行きついたようだね。そう、無尽蔵に再生していき、肉片をまき散らしながら戦い続けるおぞましいことこのうえない兵隊が出来上がるというわけさ」
「そういう連中って、意識はどうなるんですか?」
もちろん、戦場に出れば重傷を負う可能性もあるし、あるいは戦死するかもしれない。
とはいえ、こんな魔道を使われるのはごめんこうむりたい。
「……こういう無責任な態度も追放された原因だろうけれど、どうなるかは私も分からない。ただ、無尽蔵な肉片の増殖はその人体が分裂エラーを起こしたゆえのものだ。となると、最終的にはエラーを繰り返しまくった肉片に飲み込まれ、元の意識を持たなくなると見るのが自然だろうね」
「最悪ですね」
「そう、最悪だ」
メイティアはしたり、と頷いた。
「だから、そこにいるバーフィンは本能的に嫌悪を抱いている。君達と同じように、ね。私はというと、現状に満足はしていないが、このまま研究を続けたいと思っている。いずれはうまく使えるようになるかもしれないからね」
ただし、メイティアは口をへの字にする。
「そうなる前にガフィンや、彼の周囲にいる者が悪用する可能性はある。そうなった時に誰も止められないというのは困る。だからバーフィンは君達を連れてきた。原理を知っておいてもらいたいのさ。原理が分かれば、何とか止められるかもしれないからだ」
もちろん、取り越し苦労であることを願っているけどね、メイティアはそう言って、2人をじろじろと見比べる。
「さて、ここでやっている肝となるものはこれだけだ。そして、ガフィンはこの研究を表ざたにしたくない。だから、私達の移動の邪魔になりそうな連中はことごとく抹消したわけだ」
「それも貴女がやったわけですか?」
樹海の外にあった埋もれた集落のことを思い出す。
「私は研究しかしていないよ。もう1人の方さ、今は秘伝の薬草を取りに奥地に向かっているけれど、ね」
メイティアが主として研究をしていて、もう1人がガフィンともども邪魔者や知ろうとするものを排除しているのだろう。
ということは、自分達も狙われるかもしれない。
「まあね。ただ、さすがにすぐには戻ってこないだろう。あと、もう一つ付け加えておくよ。君達が私の研究を知り、その対策を考えることは構わない。しかし、直接的に私の邪魔をしようというなら」
メイティアの黄色い目が怪しく輝いた。
「君達が見ただろう魔力……近くの集落を埋めたあの魔力の少なく見積もって10倍くらいあるものが、君達に降ってくるよ」
とんでもない警告だ。セシエルはもちろん、ジュニスもさすがに「分かった」と承諾するしかなかった。
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