第8話 2人の別れ

 セシエルとジュニスはその日を樹海のコミュニティで過ごした。


 暮らす分には支障は何もない。獣の肉も魚も、植物も美味しい。


 ただ、長期的に暮らすとなると、研究でもしない限りは暇を持て余すことになりそうだ。老人が多いのも頷ける話である。



 翌日、2人は再びバーフィンの筏に乗り、樹海の外を目指す。


 帰路、バーフィンは溜息交じりに話をする。


「メイティア様が言われたように、私はああしたものには反対です。あまりにも危険過ぎる。兄の気持ちは分かりますが、そのために兄と同じような境遇の者を何倍、いや何十倍と作ってしまうかもしれないと危惧しております」


「僕もそう思いますが……」


 セシエルには盗賊に襲撃された経験もなければ、妻子を失うという経験もない。


 ガフィンがネーベルでやったことが許されるとは思わないが、やむをえないのではないかという思いも生じてくる。



 と、同時に別のやるせない思いも浮かび上がる。


「しかし、そうなると、あの子供達はどうすればいいんだろうねぇ」


 さすがに樹海の奥で育てるのは無理がある。


 と言って、故郷近くに置いておくわけにもいかない。クビオルクの盗賊達がどれだけいるか分からないからだ。


「いっそ、ガフィン司教が復讐に燃えまくってくれればいいのにねぇ」


 と思わざるを得ない。


 ガフィンの信仰という点からは盗賊達への安易な復讐を肯定できないのだろう。


 ただ、現実問題として盗賊がのさばっている結果、多くの被害が出ている。


 本来ならそれを避けるために自分とジオリスがいたはずだが、ここネーベルではトップにいるウォリスが盗賊との共存という忌むべき道を選んでしまい、活動に支障をきたすことになるだろう。



「何だったら、俺がホヴァルトまで連れ帰ろうか?」


 ジュニスの提案は好意からなのだろう。


 この男は色々な意味で規格外だ。恐らくエディスよりもとんでもない。


 しかし、性格には好感がもてるし、変なことを言っているようで意外と本質を突いている発言も多い。


 子供達の多くはジュニスの副官といっていいライナス・ニーネリンクに懐いている。ジュニスは子供を無下にしないだろうし、二、三年後にはホヴァルトで再度旗揚げするつもりのジュニスにとっては、この子供達でも戦力になるのかもしれない。


 ただ、子供達が高地で生活できるのか、という不安はある。


「……本人達の希望もあるけど、僕がアッフェルまで連れ帰るよ」


 ピレントの王都アッフェルも、ビアニーに占領されたことで逃げ出した者も多くいる。


 25人の子供達だけで活気が取り戻されるとは思わないが、それでもいないよりはマシだろう。


「……今回集めた面々もそのままアッフェルに連れ帰るよ。と言っても、1人例外がいた」


 セシエルの言う例外は、元ネーベル国軍司令官のユーギット・パメルである。


 彼は子供達のためについてきたわけではない。ジュニスの「俺の部下になれ」という言葉に従ってついてきたのである。ユーギットの今後については本人とジュニスの意図次第となる。


「バーリスに帰るんじゃねぇの? 俺も本気でついてこいと言ったわけではないし」


 ジュニスが言う。


 確かにジュニスの誘いは、今後を踏まえた本心からの誘いというよりは、現状を一つ良い方向で丸め込む方便としての感はあった。


 ユーギットもそれを理解して乗ってきたところはあるが、ジュニスという人物は面白い。ソアリス・フェルナータほど洗練されていないが、粗削りゆえに誰とも比較できない部分がある。



 樹海を出たところでバーフィンと筏漕ぎのギャノンとは別れることとなる。


「お前達はこの後も樹海にいるの?」


 ジュニスの問いかけに、バーフィンは「どうでしょう」と首を傾げる。


「兄は、この一帯にいる面々を自分の領地へと移動させたいみたいですので、遠くないうちにバーキアへと行くことになると思います。兄はあの一帯に自勢力を集めて、理想郷を作りたいと思っているようですので」


「ふーん……」


 セシエルはひとまず相槌を打った。




 しかし、本心から納得していないということは気づかれていたようだ。


「ガフィンがバーキアにいる件、何か不満そうだな?」


 バーフィン達と別れた後、ジュニスに問いかけられる。


「不満というわけじゃないよ。僕はビアニー軍に協力しているだけで一蓮托生という関係ではないからね。ただ、何というのかなぁ、ソアリス殿下がいなくなっただけでちょっとガタガタしすぎている。これで大丈夫なのかなぁとは思う」


「大丈夫じゃないか?」


「そうかなぁ……」


「大丈夫じゃなければ、そのうち俺がガイツリーン北部を支配するだけだから」


「……君は多分長生きするよ」


 セシエルは半ば呆れたように答えた。



 次の日には集落の跡地に戻り、ジュニスとライナスはホヴァルトへと戻っていった。


「もうしばらく付き従ってみたいと思います」


 ユーギットはジュニスが気に入ったようで、そのままついていった。


 一方、セシエルは衛兵達とともに子供を連れて一旦ピレントまで舞い戻ることとなる。


 ジュニスについて行くのも面白い、とは思った。しかし。


(でも、僕にはやらなければならないことも多いからな。ジュニスにはライナスがいるけど、エルリザでエディスの面倒を見るのは僕だけだし……)


 そう思って、別々の道を進むことになった。



 それでも近いうちにいずれまた会えるだろう、セシエルはそう思っていたのだが。


 実際に再会するのは10年後のこととなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る