第2話 セシリーム到達を前に

 どうやら、セシリームにいるオルセナ中枢はカチューハ側の勢力がセシリームまでやってくるということを想定していなかったらしい。


 というよりも、彼らは自分達を取り巻く戦局の解釈を間違えたらしい。



 オルセナは人口こそ多いものの、財政状態が極めて厳しいので軍の規模は小さい。せいぜい1万を少し超える程度のようだ。


 常識で考えれば、これだけ酷い政治をしていて僅か1万程度の軍勢で維持できるはずがない。


 しかし、そこはもっとも古い王家というオルセナの看板があったのだろう。少なくても他国は「実入りも少ないしわざわざ占領する意味もない」と放置していたのだろうし、オルセナ内部においても「国家をひっくり返そう。反乱しよう」という者まではいなかった。


 オルセナ中枢はその状況が永遠に続くものと思ったのか、少ない軍勢を好き勝手に動かしていた。


 結果として、いざ盗賊が王都に迫ると誰もいないという状況になったようだ。



(ただ、当座はともかく長期的にはまずいかもしれない……)


 とりあえず今回は宮殿まで向かい、そのまま強奪してしまえばそれなりの財産にはなる。


 しかし、逆に言うとその一度限りであり、継続性はない。



 おまけに、ジーナ達の動員には「エディスがオルセナ王女かもしれない」という希望的観測も含まれている。


 彼女達は今までオルセナという国家に反発を抱いていても実際に行動まで移さなかった。それが今回動いたのは、「オルセナ国王の一味がこちらにもいる」という理由からだ。


 これは非常にまずい。最悪といってもいい。



 根本的にこれだけボロボロの国の王女であることに何のメリットもない。


 それでもネミリーくらいの知識や考えの深さがあればそれなりの改善策を出せるかもしれないが、エディスにはそうした能力がないし、意欲もないだろう。


 仮に意欲をもった場合、それこそ最悪だ。災厄といっても良い。


 エディスには改善するだけの能力がない。しかし、その途方もない魔力は間違いなく周辺に脅威をもたらす。


「オルセナ再興のために、レルーヴやトレディアを攻撃する」などと言い出して、他国に侵攻を始めたら万や十万単位で死者が出る可能性がある。



 本人がオルセナに変な思いを抱く前に、とっとと切り上げさせたい。


(水上宮殿は攻撃して財宝は奪う。それは仕方ない。しかし、そこまででこの部隊は解散すべきだし、その後、エディスはエルリザに連れ帰る)


 そうしなければならない。セシエルは決心した。



 まずは隣にいるコスタシュから話を始める。先ほどまで考えた話を一通りして。


「エディスはエルリザに連れ帰る。絶対に、だ」


 はっきりと宣言した。それに対してコスタシュは「うーん」と唸って不満げな様子を見せる。


「……サルキアの立場からすると、エディスがオルセナ王家の者であれば都合が良いのだが」


 エディスに求婚しているトレディア大公子のサルキア・ハーヴィーンは、国内の内戦に巻き込まれている。


 その状況を打開するのに、形式としてトレディア大公の上位にあるオルセナ王家を利用したいという気持ちは分かる。


 しかし、セシエルは険しい表情で反論した。


「言っておくぞ? それをやれば、レルーヴは間違いなくオルセナとエディスを潰しにかかるし、サルキアもそれに巻き込まれることになる。ついでに、君とサルキアは僕とネミリーも敵に回すことになる」


 ネミリーも今回のオルセナ行きには協力している。それは単にエディスも、セシエル同様に友人としてコスタシュを心配したからだ。エディスがオルセナ王家に関係しているかもしれないということは全く関係ない。


 エディスがオルセナに関与すべきか否かについては、ネミリーも間違いなく自分に賛成するだろう。当然に否、だ。それに反対するというのなら、ネミリーはハルメリカの総力をあげて潰しにかかるはずだ。


 セシエルもそれに続くことになるだろうし、彼女の養父であるハフィール・ミアーノもそうだ。


 全レルーヴにスイールも敵に回すとなれば、トレディアの一勢力に過ぎないサルキアにはどうしようもない。



「むしろ、その話を引っ込める代わりにネミリーに協力を求める方が賢いだろうね。情報提供代と言っても良いかな」


 エディスの件が分かったのは、ある意味コスタシュのおかげでもあるし、この状況を作ったのもコスタシュの情報提供のおかげもある。


 この状況で止めれば、オルセナは引き続き混乱するだろうし、虐殺なども頻繁に起きるかもしれないが、


「……理解した。ただ、オルセナはどうするんだ? このまま見捨てるということか?」


「それしかないよ」


 何とかできるものなら何とかしたいが、どうしようもない。


「どこまで期待できるかは分からないが、今回セシリームから奪った財宝をジーナとエルクァーテに任せて、彼女達周辺では自活できる状況を整えてもらうよう、努力するくらいかな」


 ジーナはまあまあカリスマ性があるし、エルクァーテにはしっかりとした知識がある。


 この2人がしっかりかみ合えば、今回の盗賊団くらいの人数なら継続的に何とかなるかもしれない。


 仮に彼女達が大成功をしたならば、その時は別の道が開けるかもしれない。


 そうなればそうなっただ。


 その時に違う選択肢を模索するということはありだろう。



 セシエルはそう思い、コスタシュもそれで納得した。


 エディスとオルセナの関係は無縁であるはずだった。


 しかし、この時、サンファネスでは、オルセナの長い歴史の因縁がエディスを覆いつつあった。


 もちろん、セシエルはそのことに気づく由もない。

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