第3話 エディスとシルフィ
エディス・ミアーノは引き続き、オルセナ南東部・コレイド地方の中心地サンファネスに滞在していた。
今は1人である。ぼんやりと川を眺めていた。
ちょうど2日前、アロエタで虐殺された者の遺族達と、ツィア・フェレナーデ、更にはコレイド族の偉い人物らが総出で1500人ほどの軍勢となり、街を出て行った。
狙いはセシリームからノコノコとやってくるというオルセナの正規軍である。
オルセナ軍は、コレイド地方に潜んでいる魔道士達と共闘してサンファネスを攻撃する見込みで来るようだが、その魔道士達は1週間前にエディスが全員捕まえた。3日間の尋問の後に、全員斬首されており、魔道士の脅威は存在しない。
従って、サンファネス側がオルセナ軍を待ち伏せする形となっており、コレイドの遺恨もあることから、これまた恐ろしい戦いとなることは想像がついた。
「大丈夫?」
後ろから声をかけられた。
ツィア・フェレナーデの密偵をやっていたというシルフィ・フラーナスだ。
心配そうな顔を向けてくる。
「大丈夫よ」
エディスは溜息をついた。
「気が滅入るだけ」
アロエタの件の報復を、オルセナ軍に向ける。それは理解できる。しかし、そのオルセナ軍の面々にも家族がいる。彼らがまた報復するのだろうか。そうなると、いつになったら憎悪の連鎖は止むことになるのか。
いや、ひょっとしたら、そんな生易しい話では済まないかもしれない。
何故なら他ならぬエディス自身、ブレイアンの妹かもしれないからである。彼らの憎悪の向ける先に自分もいるかもしれない。ツィアを含めた一行が、復讐の歓喜に酔いしれていた表情を思い出すだけで震えが出て来る。
もう一度溜息をついた。
それで一度、踏ん切りをつける。
「でも、ツィアさんもみんなも、アロエタで身内を殺されたりしたんでしょ。仕方ないわ」
シルフィがけげんな顔をした。
「ツィアさんは殺されてないよ?」
「えっ?」
エディスは驚いた。
オルセナ軍を攻撃できるかもしれないと知った時のツィアの表情は、思い出すのも恐ろしいような愉悦に満ちたものだった。それは家族を殺された深い恨み故に仕方ないと思っていたが……
「あたし達、ベルティから歩いてきて、たまたまコレイドに寄っただけだもの」
「嘘でしょ? じゃ、何で彼はあんなに嬉しそうだったの?」
身内が殺されたわけでもないのに、殺せるかもしれないということにあれだけ楽しそうにできるという感覚がエディスには分からない。もはやまともな人格を持っておらず、殺人鬼のような存在なのではないか、とすら思えてくる。
「分からない。一緒に行動するようになって1か月くらいだけど、あんなに怖い人だとは思わなかった」
「というか、ツィアさんって何者なの?」
「分かんない。あたし達の世話になっていた人の知り合いみたいだし、悪い人ではないと思うんだけどね。何だかその自信もなくなってきちゃった」
しばらくお互いに無言になる。
それをシルフィが小声で破る。
「お姉ちゃんって、オルセナ王家の関係者?」
「……何で知っているの?」
エディスはギョッとなって、振り返った。
「……セシリームの水上宮殿に侵入した時に、王妃の肖像を見たんだけど髪の色と目の色がそっくりだったから。ひょっとしたらそうなのかなって」
小声で言って、シルフィは慌てて両手を振る。
「あ、大丈夫。ツィアさんを含めて他の人には言わないから」
エディスはムスッとなった。
何だか腹が立ってきた。シルフィに対してではない。自分の訳の分からない出自についてである。
「カチューハでそんなことを言われたわ。けど、私も何が何だかというのが正直な気持ち。正直、こんな殺伐としたところの王女だ、なんて言われても困るわ。自分が馬鹿なのは認めるけど」
「うん、それは自覚した方が良いと思う」
「……」
エディスは更にムッとした視線をシルフィに向ける。
「カチューハにも行かないようにするよ。変な遺恨なんか生ませたくないし。お姉ちゃんもこれ以上大事になる前に出て行った方が良いんじゃない? そもそも何をしにオルセナに来たのか知らないけど」
「そもそも……?」
元々はコスタシュが行方不明になったということ。
そこにセローフも絡んできたので、ネミリーも関心をもったからだ。
コスタシュは既に見つかった。セローフの動向もおおまかなところは理解できた。
ということは、エディスがこれ以上、オルセナにいなければいけない理由はない。
「……そうね。みんなと合流して、帰ることにするわ」
恐らくツィア達は復讐を果たすのだろう。
しかし、憎悪の連鎖の果てに喜ぶ人間をあまり見たくはない。
まともな感覚を忘れてしまうかもしれない。
「じゃ、またどこかで会ったらよろしく。あと、もうちょっと色々考えた方がいいよ」
「うん。またね……」
シルフィに手を振ると、エディスは街道目指して走り出した。
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