第6話 ユーノへの凱旋・2
次の日、サルキアは300人の兵士を連れてスラーンを出発した。
その先頭には堂々たる甲冑をつけた騎兵団長フロール・クライツロインフィローラとコスタシュ・フィライギスの姿がある。
そこからしばらくは歩兵が続き、前列の馬車に乗るのがサルキアとエディス、まだユーノについていないので前日に見たドレスではないが、それぞれ着飾っている。
その後ろにパリナ・アロンカルガが続き、更に列が続いている。
いずれも相当に準備してきたようだ。自分も含めて全員が馬子にも衣裳という様子で南にある、公都ユーノへ向かう。
とはいえ、エディスには気がかりなこともある。
「これから南に向かうと、サルキアのお父さんの領地なんでしょ?」
「そうだ」
「そこだと危なくない?」
留学の途中すら暗殺を警戒していたほどである。その勢力圏をこんな着飾って歩いていたら「暗殺してください」と言っているようなものではないか。
「もちろん、父を信用することはできないが、ことこのタイミングで暗殺するほど馬鹿ではないだろう」
「……どういうこと?」
首を傾げるエディスにパリナが代わって回答する。
「つまり、他者の領土でサルキア殿下が暗殺されれば犯人が明白過ぎます。そうなると立場が悪いので少なくとも領地内では動きはないでしょう。中立地である公都ユーノの方が危険でしょうね」
「そういうものなんだ」
「付け加えるなら、俺は一応レルーヴ軍を追い払った直後だ。トレディアを救った直後に暗殺したとなると、評判が悪くなる。油断は禁物だが、ここしばらくは手出ししづらいだろう、というのはある」
事実、ユーノに向かうまで不審な動きは何もない。
南に進むこと10日、エディスの眼前に湖上に浮かぶ城塞が見えてきた。
「あの島みたいな城塞がユーノなの?」
「そうだ。トレディア公国が出来たのは550年前だが、その初代は大層なオルセナ贔屓だったようだ。オルセナの水上宮殿のようなものを作りたいと考えたそうだが、トレディアには適した地形がなかったから、湖の上の島を公都としたらしい」
「でも、今はオルセナとは何の関係もないんでしょ?」
エディスの何の気ない問いかけをすると、サルキアは少し悩む素振りを見せて答える。
「……直接的には、な。ただ、形式的にはトレディアはオルセナを宗主国として崇めている。祖父のリッスィもオルセナ王ローレンスに叙任されたし、仮に新しい大公が生まれたとすれば、やはりそうなるのだろう」
決め手がないから、たいしたことのない権威でも多少はプラスになるかもしれない。サルキアはそう付け加える。
「まあ、私が着飾っても、多少プラスになるのなら、歴史と伝統あるオルセナの任命はより影響があるでしょうね」
「……かもな」
サルキアはまたも歯切れ悪く答えて、近くの村を指さす。
「今夜はあの村を借りよう。明日は一番良い服を着て、ユーノに入城する」
「りょーかい」
エディスは気のない答えを返した。
村に入ると、村長らしき者が挨拶に来た。
「殿下にお泊りになられて、我々も光栄でございます」
と見え透いた世辞を言い、食事の提供を申し出て来た。
ここまでの10日間、スラーンから持参してきたものだけを食べている。さすがに飽きてきたので地元の料理を食べたいとエディスは思ったが。
「いえ、我々の方で調理師と食事を持ってきておりますので結構です」
サルキアは即座に断った。表情と言葉は穏やかだが、口調としては絶対にお断りだと言わんばかりだ。
「……何、毒でも入っているかもしれないの?」
村長が帰った後、エディスは渋い顔をして尋ねる。
「そこまではしないと思うが、念のためだ」
「となると、また乾きものばかり? たまには新鮮な果物が食べたいな~」
エディスはぼやきながら、ふとテーブルの上に視線を移した。
「あれ? 果物があるけど、私、幻影見るほどお腹が空いていたっけ?」
テーブルの上に銀の皿があり、そこに果物が数個置かれてある。
サルキアも視線を移し、こともなげに言った。
「あぁ……あれはフロールが受けた差し入れらしい。そいつは多分大丈夫だろう」
安全だ、というサルキアの言葉にエディスは「本当?」と目を見開く。
自分ではなく、部下のフロールが受けたものならば、安心ということだろうか。
「じゃあ食べてもいいの?」
「俺は食べるつもりはないけど、別に構わないんじゃないか」
「それじゃ一個」
エディスは手近なリンゴを一個、手に取った。
「……うん?」
違和感があり、エディスはリンゴに鼻を近づける。
「どうしたんだ? まさか毒でも入っているのか?」
「毒かどうかは分からないけど、何か変」
エディスはリンゴをテーブルに置いた。スパッと真っ二つに割ったところ、サルキアが目を丸くする。
「……おまえさ、1人だと魔法で滅茶苦茶横着していないか?」
「別にいいでしょ。うわ、これ……腐ってる……」
エディスがしかめ面になる。サルキアも近づいてきた。
「本当だ。外は大丈夫そうなのに、結構腐っているな。食べていたら大変なことになっていたかもしれない」
サルキアはリンゴを手に取り、そのまま窓から捨てた。
「……私も、コックが作ったものだけにしておくわ」
どうやら、この村はもちろん、ユーノ市内でも人が出すものを安易に口にするのは危険なようだ。
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