第5話 ユーノへの凱旋・1

 次の日、サルキアの腹心フロール・クライツロインフィローラとクォーツ・ルードベックとの間で戦死者回収の条件が成立し、レルーヴ軍は直ちに遺体の回収に取り掛かる。


 遠くで様子を見ているエディスは、まずは一安心した。


 次はサルキアとトレディア公都ユーノで何をするかだが、これはサルキアが早々に説明をしてくれた。



「一言で言えば、俺とエディスが着飾った様をお披露目するだけだ」


「私をお披露目?」


「そうだ。つまり」


 サルキアは説明する。


 トレディアの人民は、数年続く内戦に疲れている。


 この状況を誰かに解決してほしいと願っている。


 そこにレルーヴ軍を撃退した若き貴公子が、見目麗しき美姫を連れてきたとなるとどうなるか。


「俺に対する期待が俄然上がり、その他の勢力に対する圧力となるわけだ」



「……またそういう役割なのぉ?」


 エディスはげんなりとした声をあげた。


 既にピレントでも、エリアーヌ即位の際に天使の役割を果たしている。エリアーヌのために仕方なかったとはいえ、アッフェル市民を騙したような気もしてならない。


 トレディアでもまた自分の見栄えの良さで、普通の人に余計な期待をもたせようとしている。どうにも釈然としない。


 しかも、次のフロールの言葉がエディスを更にげんなりとさせる。


「昔、軍学校の先輩だったマーカス・フィアネンもいればちょうど良かったのですがね。彼も見映えは素晴らしかったですし」


「マーカス・フィアネン!?」


 げんなりすると同時に驚きでもある。


 マーカス・フィアネンといえば、自分と同じくエリアーヌ即位の際に一芝居していた美男子である。よりにもよって、ピレントとトレディアで、自分だけでなく相方まで同じ者を求められるとは。


 世界は狭い。


 というより、そんな単純な芝居にあちらの国でもこちらの国でも皆が騙されて良いのだろうか。


「大体サルキアのところに、そんなビシッとした服があるわけ?」


 スラーンは小さな集落にしか見えないし、周辺も含めて大都市ではない。ハルメリカやエルリザなら美しい服も仕立てられるだろうが、この周囲にそうしたものは期待できない。


 服が微妙だと、威厳も何もないのではないか。


「ドレスは心配ない。去年おまえに求婚して以降、こちらで密かに作らせている」


 堂々と語るサルキアに、エディスは引いた視線を向ける。


「それはそれで嫌なんだけど……」


 何だかつきまとわれているようで気分は良くない。


 とはいえ、ゼルピナとの件で引き受けた以上、どうすることもできない。エディスは諦めてパリナとともにスラーンのサルキアの屋敷へと向かった。



 サルキアの屋敷も、他よりは多少マシという程度でルーティス家の屋敷などとは比較にならない。ミアーノ家の屋敷と比較しても半分くらいの大きさだろう。


「これだ」


 と、サルキアが屋敷の侍女に持たせてきたドレスを見て、エディスは思わず声をあげた。


「おおぉ、これは確かに綺麗なドレスね」


 白地を基準としつつ薄青がかったドレスで、デザインといい、長すぎない丈といい、エディスの好みに近い。


 唯一の難点は。


「でも、私、こんなに太くないけど?」


 コルセットなどでどうとでもなるとはいえ、全体的に自分の大きさより二回り大きい。


 サルキアはあまり関心を示さない。


「そうか? まあ、去年の段階で三年後を想定していたし」


「二年後もここまで大きくならないと思うけどなぁ……」


 まるで「おまえは貧相だ」と言われているような気がして、あまり愉快ではない。


「直したいなら直しても良いぞ。エディス用のものとして作ったんだし」


「いや、やめておく……」


 そんなことをしてしまうと、自分が求婚を受け入れたことになりかねない。完全に逃げ道を塞いでしまうことになる。


 既に逃げ道はほとんど存在していないのかもしれないが、認めるということには激しい抵抗のあるエディスであった。



 既に公都ユーノには早馬を派遣していたらしい。


 その日の夕方には、早馬が戻ってくる。


 返事の主は大公らしい。


 その手紙を見て、サルキアがにんまりと笑う。


「レルーヴに対する勝利は見事である。ユーノで錦を飾ると良い、という許可をもらった」


 つまり、サルキア軍と共にエディスも着飾っていくことになる。



 それはそれとして、エディスには疑問がある。


「ユーノって、こんなに近かったの?」


 地理に詳しくはないが、一日や二日で帰れる距離にあったとは思えない。


「……早馬で四日かかるな。普通に行けば大体七日か八日だ」


「四日かかるのに、どうして戦いが終わった二日後に返事が来るの?」


 エディスは計算が得意でないことを自覚しているが、一桁の計算まで間違えるほど馬鹿ではない。片道四日かかるはずなのに、派遣後二日で戻ってくるというのはどうしても辻褄が合わない。


(あるいは早馬の人は私みたいに跳んでいけるくらいの魔力があるのかしら?)


 一瞬、そう思ったが、サルキアの返答はいかにも彼らしい自信過剰なものだった。


「そんなもの、八日前に派遣したからに決まっているだろ」


「えっ!? ということは、戦う前から『勝ちました』って手紙をユーノに送っていたわけ? それって詐欺じゃないの?」


「何を言っているんだ? このくらいは自分を追い込まないと、必死になれないだろ?」


「そ、そういうものなのかなぁ……?」


 凄まじい自信ではある。ただ、どこか危険な自信でもある。


 エディスは漠然とそんなことを思った。




微妙キャラ紹介

マーカス・フィアネン:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093074478242264

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る