第4話 サルキアの条件

 街まで更に近づくと、コスタシュ一行はサルキアを呼びに離れて行った。


 エディスとパリナはしばらく待つことになる。パリナが世間話的に2人の関係について質問をしてきた。


「エディス様は、サルキア殿下と婚約なされたとか?」


「私は、そこまでしたつもりはないんだけど……」


 エディスは唇を尖らせる。



 サルキアに否定的な感情があるわけではない。


 ただ、婚約というイメージがわかない。そもそも、エディスには誰か男性と結ばれる自分というイメージが湧かない。


 根本としてエルリザには嫌いな男が多すぎる。嫌いな男というより、嫌な同世代が多いといっていい。


 例外は数人しかいない。その中の1人、セシエルとは血筋も近いから割と噂にもなっている。


 変な人間よりは、セシエルの方がいい。同様に、サルキアならまあ、とことんまで拒否するつもりにはならない。


 エディスとしてはその程度の認識だが、周囲はそうではない。


 特に両親だ。母親のマーシャはサルキアから求婚されたという話を聞いて、「あのエディスがようやく普通の女の子のような扱いを受けて」と感涙していたのである。


 母親にまでそういう認識だったのかとショックだったが、そういう経緯があるので「サルキアを袖にする」とは言いづらい。というより言えない。どんな理由があろうと「サルキアとの求婚はなくなった」と言えば、「エディスが自分勝手に破棄した」という扱いとなることが明白だからである。



「私は信用がないみたいだから」


「確かに、ネミリー様もエディス姫は将来どうなるのか全く想像もつかないとおっしゃられていましたね」


 親友の言葉を伝聞で聞き、エディスはムッとなる。


「それを言ったら、ネミリーだって誰とも結婚しそうにないんだけど?」


「そうですね」


「それで私の将来がどうこう言われるのは心外なんだけど?」


「そこまでは」


 雲行きの怪しさを察知したようで、パリナは矛先をはぐらかす。


 文句を言おうと思ったところで、コスタシュの声が聞こえた。


 振り返ると、サルキアを連れてきている。


 先ほどまで戦場に出ていて逃げまくっていたせいか、服装も髪も多少乱れている。しかし、態度その他は昨年イサリアで見た時とほとんど変わらない。


(相変わらず偉そうねぇ……)


 と、エディスが思った、そういう態度である。



 コスタシュは近くまで来て、サルキアに譲った。ニヤニヤとした顔を見ていると、2人が何を言うか楽しみにしているのだろう。


 一発殴ってやりたい衝動を抱きつつ、エディスはサルキアと向き合う。


 イサリアからの帰り、求婚されてから久しぶりの再会になる。何を言ったものか。あるいは言われるものか。


 案に相違してサルキアはかなり実務的な態度だ。


「コスタシュから聞いたが、ゼルピナが死傷者の回収をしたいって?」


「……そうなのよ。戦闘は不幸なことだけど、死んだ人を待っている人もいるのだし、何とかならないかしら?」


 サルキアは呆れたような視線を向けてくる。


「……それはまあ、エディスなら相手が何かしてきても、丸ごと吹き飛ばすことができるのかもしれないが、俺達はそうもいかんのだぞ?」


 そこから、説教じみた話が始まる。


「エディスは俺達のことをケチで欲張りだと思っているのかもしれないが、実際問題それなりの金でも踏んだくらない限りはまた攻めてくるかもしれないわけだからな。そうなった時に何とかしてくれるのか?」


「それは……」


 エディスは口ごもる。


「ゼルピナから軍費がなくなるくらいにふんだくった方がこのあたりは平和になる。俺はレルーヴには興味がないし、な」


 とまで言われると、サルキアの真意は別としてエディスは言い返すことができない。


「だからそれ相応の見返りを寄越せ」


 とまで言って、一度大きく息をつく。


「……と言いたいところだが、俺の狙いは金ではないから、おまえが協力してくれるというのなら考えないでもない」


「……どういうこと?」


「レルーヴを撃退したということで、公都ユーノに凱旋する。その際に付き添うというのなら、それ以上の見返りと言えるだろうな」


「……どういうことなの?」


 サルキアの意図はよく分からないが、変な下心を隠してどうこうしようということはないだろう。


「要はサルキアに協力すれば良いというわけ?」


「そうなるな」


「変なことじゃないなら、別にいいけど」


 エディスの言葉に、サルキアがムッとした表情を向ける。


「変なことって何だよ。俺が変なことをさせるように見えるのか?」


「疑うつもりはないけど、セシエルやジオリスと違ってサルキアやコスタシュは変な事を考えそうだし……」


 セシエルは時々辛辣なことを言うが、底意地は悪くない。本心から心配しているから言ってくれるのである。ジオリスはそこまで性格がいいかは分からないが、裏表はない。


 サルキアやコスタシュはそうと言い切れない。少なくとも裏表のある人物である。


「……それなら、ゼルピナから出てきた連中と交渉するからとっとと帰ってくれ」


「そんなに拗ねなくてもいいじゃない? 行くわよ、行けばいいんでしょ?」


 まともに拗ねられると対処がしづらい。ネミリーなら納得できないのならとことんまで聞きこむのだろうが、エディスはそこまで徹底できないし、相手が言い逃れようとなった時に見破るだけの勘がない。


 ひとまずは、サルキアの目論見に従うしかないと溜息をついた。

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