第7話 ユーノへの凱旋・3

 6月22日、サルキア・ハーヴィーン率いる兵士達はユーノに入城した。


 このタイミングで、サルキアもエディスも用意していた一番良い衣装に着替えて、2人乗りの馬車に隣り合い座って入城した。


 その効果は、確かにある。



「あれが北方にいる大公様の孫、サルキア様じゃ。レルーヴ軍を撃退したらしい」


「サルキア様も凄いが、隣の方はお美しいのう」


「三大陸一の美姫と名高いエディス・ミアーノ様じゃ。サルキア様の婚約者らしい」


「すごいのう。まさに月の女神のようじゃ」


「サルキア様の威勢は凄いものじゃのう」



 そうしたユーノの領民のささやきは、エディスの耳にも届く。


 サルキアの実力そのものはトレディアではたいしたものではないという評価だ。ただ、それはサルキアの能力の限界ではない。彼の名声の無さによる部分も大きい。


 このユーノでの噂は、そうした現時点でのサルキアの能力の限界を補うかもしれない。



 エディスはサルキアを心底好きなわけではないが、別に嫌いというわけでもないし、彼が良い立場についてほしいとは願っている。


 トレディア国内でサルキアのライバルになるだろう父親のグラッフェ、叔父キールについては会ったこともないから、自然とサルキアに勝ってほしいという気持ちになる。


 従って、「公妃様~」という自分に対する偽りの呼びかけにも仕方なく応じる。手を振った相手の領民が「サルキア様の奥方は何とまあできたお方じゃ」という自分に対する呼びかけにも、ひきつった笑みで応じる。


 自分はスイール・エルリザという恵まれた孤島の出身だ。


 しかし、自分の未来がスイールにあるとは限らない。大陸の、戦乱渦巻くところに巻き込まれるかもしれない。


 だから、今のうちに慣れておいた方が良い。


 自分にそう言い聞かせて、エディスはユーノ市民の無知な歓呼に応える。




「疲れたか?」


 街を1時間ほど練り歩いたところでサルキアが問いかけてきた。


「疲れたわ」


 エディスは正直に答える。


「私を知りもしない人達にあれこれ言われるって本当に疲れる……」


 分かってはいても疲れる。そうした正直な心境を伝えた。


 同情してくれるかと思ったが、サルキアはニッと笑って応じてきた。


「エディスがその気になれば、もっと面倒な地位も狙えるかもしれないらしいぞ?」


「面倒な地位?」


「このトレディアの上の地位、オルセナの王妃だ」


「……嘘でしょう」


 エディスは天を仰いで溜息をついて、馬首にもたれかかる。


「ここユーノでの立場でも面倒過ぎるわよ。仮にオルセナ王か王子か知らないけど、変なことを期待しているなら吹っ飛ばして終わりにしたいわ」


 オルセナという国があることは知っているが、自分とは関わり合いのないところである。ネミリーからは大失敗国家と聞いている場所だ。そんなところから関心を向けられても災難以外の何物でもない。


「サルキアは知らないかもしれないけど、スイールの馬鹿王子も私を王妃にしたいとか言っているのよ。あれだって最悪なのに会ったこともないオルセナの王族から妻にしたいとか言われても困るだけよ。どうしてもって言うなら、せめて一度くらいエルリザに来るように言ってくれる?」


 内実はよく分からないが、自分の容姿が他国に変な形で伝わっていることはエディスも自覚している。それを真に受けた相手に対して自分から会いに行くほど馬鹿なことはない。どうしてもと言うのなら、せめて向こうがエルリザに、自分の居場所まで来るべきである。


「……まあ、オルセナから言われたら伝えることにするよ」


 サルキアは曖昧な言葉で応じた。




 一行はユーノ市内の宮殿に向けて更に進む。


 その間、色々な連中がサルキアの馬車に近づいてきて、サルキアはそれに応じている。


「ユーノでは危ないって言っていなかった?」


 エディスは首を傾げた。


 ここに来るまで、サルキアは父・グラッフェの領内は政治的要因で安全だと言っていた。と同時に公都ユーノは多数の思惑が重なるため危険だと言っていた。


 その割に、サルキアはここユーノで無防備なように思える。


 答えたのはサルキア本人ではなく、少し前を騎馬で進むコスタシュだ。


「知らない連中は危ないが、知らない連中ばかりではない」


 コスタシュの言葉を受けて、エディスは考える。


「……ということは、サルキアに話をしている人は知っている人ということ?」


「そうなる」


「……あぁ、なるほど。サルキアの知り合いがまずは来ているということね」


 エディスも大方を理解した。


 多数の勢力が内戦を繰り広げているユーノで、あるリーダーが来たとして無条件に相談に行けるかというといけないだろう。


 しかし、誰かが話をする様子を見たなら、「自分も大丈夫だ」と応じるだろう。


 そうして少しずつ話し相手を増やしていけば、サルキアのユーノでの支持者は増えるかもしれない。


 その点では最初の話し相手、ユーノ市民から見て「サルキア殿下は話しやすいお方だ」と思わせる相手は重要だ。


 恐らく、サルキアはその最初の話し相手を自ら用意していたのだろう。


 そう思った時には、サルキアは既に多くのユーノ市民の相談を受けていた。

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