第8話 ユーノへの凱旋・4

 サルキアは市内の広場で二時間ほど、市民の陳情を受けていた。


 エディスはその間、馬車に座っているだけだ。もっとも、ユーノでは狙われることもあるかもしれないので、サルキアばかり見ているわけにもいかない。怪しい人物がいないかどうか、目を光らせる、少なくとも本人はそういうつもりでいる。


(でも、分かるはずがないわ……)


 疑い出すとキリがない。



 あの大男は見るからに怪しい。

 あの細身の男は目つきが良くない。

 あちらの若い女は普通だが、だからこそ怪しい。

 近づいてくる子供すら、何かの陰謀を帯びているかもしれない。



 誰も彼もが怪しく見える。


(こんな風に毎日見ていたら、人間不信になりそうねぇ……。私はやめとこ)


 エディスはあっさりと諦めた。疑うのは性格の悪いサルキアとコスタシュに任せておけばよい。自分はにこにこ笑っている方が、まだ性に合うだろう。


 様子を見ていて分かるのは、このユーノの人達は予想以上にサルキアに期待していることだった。もちろん、最初の1人を含めてサルキアが用意したサクラのような存在も何人かいるのだろう。


 しかし、ほとんどの市民がサルキアに期待する視線を向けている。


 いや、おそらくは今のユーノがあまりにも期待できないのだろう。だから、サルキアなら何か良くしてくれるかもしれないと期待しているのだ。


 そして、サルキアはそれが分かっているからこそ、今、勝負をかけてここに来ているのだろう。



「それでは、私は王宮に行き、大公にも報告してきます」


 サルキアはそう言って、立ち上がった。


 市民達が「サルキア様」、「どうかトレディアを良くしてください」と声をかける中、サルキアは馬車に乗り直した。


「待たせたな」


「いいえ、それなりに面白いものが見られたわ」


「ほう?」


「この街は正直、ハルメリカやエルリザに比べると暗い。多くの人達が、何か変わってほしいと求めている。そして、それをサルキアに求めているということが分かったわ」


「……」


「できるといいわね」


「やってみせるさ。1人では無理だが、おまえやコスタシュ、多くの者の助力も受ければな」


「……そうね」


 ここまでついてきているのだから、自分が彼らを助けられるのなら、助けたい。


 ただ、自分がこうしたところで何ができるか、それはエディスには分からない。



「……魔道の研究の方は進んでいるの?」


 ふと、一年前のことを思い出した。


 サルキアは、自分の魔力を制御する方法をこの三年で見つけると言っていた。


 一年経っているが、何か進展はあったのだろうか?


「残念ながら今のところはない。というよりも、研究ができる状況ではなかった」


「まあ、確かに……」


 エディスもサルキアの環境については理解できる。


 スラーンのような小規模な街では文献もないし、まともな研究もできないだろう。


 それならハルメリカかイサリアで勉強すれば良いのに、というのはサルキアの立場を考えれば無理な相談だ。


「でも、残り二年でこの街まで進むのは無理じゃない?」


 ここユーノなら文献もあるかもしれないが、さすがに二年でトレディア大公に任命されたり、ユーノまで進撃したりするのは無理だろう。


「……期待はしているけれど、無理はしないでよ」


 サルキアの立場が不安定であることを考えると、無理して何か失敗したら一気に死ぬことまでありえてしまう。


「別に3年でなくてもいいんだし」


「3年以内というのは確かに難しいかもしれないが、全くアテがないわけではない。機会が来れば、一気に進められると思う」


「そうなんだ……」


 一体、どこにアテがあるのかは分からない。


 ただ、サルキアは全くない強がりを言うような性格でもない。


「まあ、じゃあ、信じて待ってみることにするわ」



 話をしているうちに馬車は王宮までやってきた。


 警護の衛兵が数人、寄ってくる。


「スラーンのサルキア・ハーヴィーンだ。この王宮に入るにあたり、大公の許可を受けていると思うが?」


 問いただすと、衛兵たちも頷いて道を開く。


「失礼いたしました。本当にサルキア様であるかどうか確認の必要がございましたので」


「あぁ、それはお役目ご苦労」


 サルキアはぞんざいに言い放った。



 衛兵の表情はかなりマジメだった。


 サルキアが「何者かに暗殺されるかもしれない」と警戒しているように、大公も「ひょっとしたらサルキアに扮した者に暗殺されるかもしれない」と恐れているのかもしれない。


 何もかも疑い深くて大変だ。エディスはこの国で生きる者達の苦労を思い知る。


 しかし、ともあれ、トレディア大公に会うことはできそうだ。


(ラルス王からは感謝状を貰ったけど、偉い人に会うのはそれ以来かしら)


 素朴な好奇心と、珍しいもの見たさ、その両方が次第に募ってきた。


 いずれは自分の義祖父になる相手かもしれないのであるが、そうした考えは全く頭に浮かぶことはなかった。

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