第9話 ユーノへの凱旋・5

 ユーノの宮殿は中央に大広間があり、その周囲に様々な部屋がある造りとなっている。


 その中央の大広間に、サルキア達は進みゆく。


「失礼します」


 大広間の奥に椅子が並べられており、その中央に生気のない老人が座っている。


 トレディア大公リッスィ・ハーヴィーン・74歳だ。


「おぉ、サルキア。よく来たのう」


 生気の無かった目に若干光が宿った。


 なるほど、コスタシュが「大公は初孫であるサルキアに甘い」と言っていたが本当のようだ。


 素早く、付き添いの者が「サルキア様はレルーヴ軍を撃退して参られました」と小声でつぶやく。


(うん……? そういうことを知っていて、呼んだんじゃなかったかしら? あるいはもう忘れちゃっているとか?)


 リッスィはぼそぼそと近くの者に何かを話す。「サルキアに褒美を」と聞こえた。


 すぐに侍従が旗のようなものを持ってきた。近づくと実際に旗だ。


「大公閣下は軍功をたたえて、サルキア殿下に『獅子殺し』の称号と旗を与えるということです」


 獅子殺しというのは何だろうと思ったが、どうやらレルーヴのことを言うらしい。レルーヴは獅子、トレディアは竜、ビアニーは巨人、既に滅亡したがバーキアは大鷹らしい。


「ありがとうございます。今後もトレディアのために尽くしたいと考えています」


 と答えて、それで終わりである。



 一行はそのまま大広間を出た。


 エディスは拍子抜けだ。


「もう少し、今後の会話とかするんじゃなかったの?」


「しても仕方ないだろ。スムースに話ができると思ったのか?」


 サルキアの指摘に、エディスは「それはまあ」と納得する。


「大公さん、ものすごいおじいちゃんだものね。明日になったら、サルキアと会ったことも忘れていそう……」


「……おまえも中々失礼なことをしれっというよな」


 サルキアは苦笑した。


 そのまま宮殿を出て、馬車に乗り込む。周囲に声が聞こえない状況になると、説明を始めた。


「あのボケっぷりは多少演技も入っている」


 トレディア大公は、もちろんトレディアの支配者であるのだが、現実には彼の支配地域はユーノのみであり、その南北は2人の息子の支配下にある。


 この兄弟げんかのせいでお互いが自分の陣営を持つに至った結果、ユーノにいた大公直属の者達が不要な存在になってしまった。


「どちらかが勝てば、ユーノの連中は全員閑職に追いやられることになる。だから、大公がどちらかに応援するようなことをさせないようにしているし、大公も余計なことは言わないようになったというわけだ」


「みんなして、よくそこまで喧嘩できるわねぇ」


 エディスは呆れてしまう。


「……で、結果としてみんなして立派な服やら恰好やらしてやってきて、直接的に貰ったのはこの旗一個というわけね」


 その点も呆れてしまう。


 スラーン近郊は決して裕福なわけではない。そこからこの資金を捻出したのだ。


 もちろん、サルキアが物を目当てにユーノに来たわけではないことは分かっている。ユーノの多くの人達と繋がりを持つこと、特に商人層との繋がりは今後の資金面を考えても重要だろう。


 ただ、具体的に得たものは『獅子殺し』の称号と旗一個である。


 釣り合わないという思いは否めない。




 苦言を呈したつもりだが、サルキアは何故かニヤッと笑う。


 してやったり、そういう顔をしている。


「確かにその通りだ。俺が今回の件で出費した分に比べると、具体的な見返りは少ないな。しかし、ゼルピナから金をふんだくろうとしたらエディスは止めたじゃないか」


「うっ……」


 思わず呻いてしまった。確かにその通りである。


「俺はエディスが、お金なんか取ってはいけない。お金を気にしてはいけないというから、言う通りにしただけなんだぜ。それで文句を言われるのはおかしいだろ?」


「ちょっと待ってよ! お金を気にするな、なんてことは言っていないわよ!?」


「似たようなことは言っていただろ? 俺は愛する婚約者がお金を取るなというから、苦しいけれど従っているんだぜ」


「思ってもないことをいけしゃあしゃあと言わないでよ」


 サルキアは言葉だけ大袈裟だが、内心は全く違うとばかりにニヤニヤしている。見ていると腹が立ってくる。


「……ま、実際のところは、エディスに言われて少し冷静になって考えたところはある。ゼルピナから金をふんだくることはできるが、それは目先の金だ。地道に勢力を拡大していって、婚約者の機嫌を損ねることなく俺が勝てるだろうと踏めば、ルーティス家が支援してくれる可能性もあるからな」


「……まあ、多少は支援してくれるかもしれないけど、ネミリーにせびるのはちょっと」


「せびるんじゃない。投資させるだけだ」


 サルキアが勝ってトレディアを支配できると踏んだのなら、ネミリーは支援するだろう。


 それはサルキアのためではない、自分のためだ。


 トレディア大公となるサルキアを支援することで、トレディア国内の権益を確保できるというメリットがある。


「そういう点も含めて、ユーノの商人層と繋がりをもつのは、今後重要というわけさ」


 そのために、多少の出費をしてでも着飾って出てきた、そういうことのようだ。

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