第6話 セシエル対ツィア
エディスが王宮の女官室で新たな絶望に直面していた頃。
ツィア・フェレナーデは修道院の近くの通りを歩いていた。
「殿下」
急に呼びかけられ、振り返った先に見慣れた顔を見る。セシエル・ティシェッティだ。
「さすがですね。一日ちょっとで、ここまでたどり着くとは」
セシエルが呆れたように言う。
どうやら、エディスを殺そうとしたエルフィリーナと子供が修道院の関係者であると突き止めたことに対する賞賛のようだ。話しぶりからすると、セシエルはいずれ自分がここに来ると思って待っていたようだ。
「……姉が修道院にいるということはすぐに分かっているし、ネミリー・ルーティスが修道院に圧力をかけているという話があったんでな」
「何故、そこまでエディスのことに首を突っ込むんです?」
「……」
セシエルの問いは、ある意味ツィアがずっと考えていることでもある。
「……分からん」
ひょっとしたら、セシエルは自分がエディスに対する殺意を有していたことに気付いているのかもしれない。
それならそれで構わない。元々、フラーナス兄妹が止めに入ると覚悟して進んできた道である。それがセシエルに変わるだけだ。
「質問を変えましょう。エルフィリーナさんに対して何をするつもりだったのですか?」
「……少なくとも危害を加えようとは思っていない。ミアーノ侯爵家について色々確認したいことがあっただけだ」
「……エディスがミアーノ侯爵の後継であることが偽りであるということですか?」
「……」
セシエルが核心的な部分を聞いてきた。
「……だとしたら?」
否定しようかと思ったが、理由が思い浮かばなかった。だからセシエルを試すように返事をした。
敵意を示すのかと思いきや、セシエルは予想外に困惑した表情になった。
「……そう、あっさり答えられると困りますね」
「どうして?」
「つまり、私が誰にこのことを伝えれば良いか、ということです。殿下はビアニーの系譜に連なる者であり、オルセナの系譜に連なる者に害意を持っている」
「よく分かっているじゃないか。そのまま伝えれば良い」
セシエルが何を迷っているのかが分からない。
そのままエディスやネミリー、ミアーノ侯爵に伝えれば良いだけではないのか。
「伝えるのは簡単なんですけどね。それがいいのか悪いのかを決めかねています」
「良いに決まっているだろ? 従姉を見殺しにする気か?」
「そんなつもりはありませんが、私が思うに、殿下はエディスを殺す理由を探している。それなら遠ざけるより、ある程度近い距離に置いておいた方が良いかもしれない、とも思うわけです。エディスは見た目以外は欠点しかないですし、付き合っていて疲れることこの上ないですが、少なくとも殺意を抱くようなことはないですからね」
セシエルの淡々とした物言いに、ツィアは苦笑した。
自分の迷いをそのまま言い当てられたような感覚になる。
「やっぱりもっと無理強いしてでも、ビアニー王家に引き入れるべきだったな。君はジオリスよりよっぽど洞察力があるよ」
「そうですね。ジオリスはいい奴ですが、彼ではガフィンの動向に気を配りながら軍を動かすことはできない」
「……それは俺も変わりないかもしれない」
変わった研究をしているということは知っていたが、死者を蘇生させることを名目にあちこちに手を伸ばしているということは想定していなかった。軍師として使っていた自分の落ち度と言って良い。
「まさかオルセナやトレディアにも手を伸ばしているとは思わなかった」
「予想以上に伸ばしているんですね」
「あぁ、君らの関係で言うとサルキア大公子も犠牲になった」
「サルキアが……?」
セシエルは一瞬、目を丸くしたが、全く覚悟していなかったわけでもないらしい。
「そうですか。エディスが半年以上連絡がないと言っていたので、そんな可能性も密かに想定してはいましたが。しかし、そうなると殿下はかなり身勝手ではないですか?」
「身勝手?」
「そうですよ。殿下の管理不行き届きでサルキアは死んだわけです。サルキアが生きていればエディスはトレディア大公妃に収まった可能性が高いわけで、ビアニーの危険になることはない。ま、それはいいでしょう」
「……?」
セシエルは話を切り上げるように言って、市場へ視線を向ける。
「殿下とエディスのことも大問題ではありますが、まず片付けなければいけないのはミアーノ姉妹の問題です。ここまで来たのですからついてきてもらえますよね?」
「……あぁ」
ツィアはミアーノ侯爵家のことを知りたいし、セシエルは姉妹の真相について知りたいのだろう。
ガフィンとの関係も含めて知りたいことは共通している。
ここはセシエルと協調する以外の選択肢はなかった。
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