第7話 言い分

 セシエルを前に行かせて、ツィアは修道院へと向かう。


「エディス姫の状態は?」


「危険な部位には到達していないし、出血も少ないのでそう遠くないうちに出てくるとは思いますよ。もし良ければ会いに行けばどうです?」


「……」


 セシエルは特に答えを求めていたわけではないようだ。そのまま歩いて行く。


 修道院が見えてきた。


 2人はそのまま中に入り、セシエルが受付に話しかける。


「ネミリー・ルーティスの友人のセシエル・ティシェッティだけど?」


「は、はい! 何でしょうか?」


 ネミリーが修道院にとって貴重な金蔓であることはよく知っているのだろう。受付は緊張した面持ちだ。


「エルフィリーナさんはいますか?」


「はい、おりますよ」


 何も知らないようで、疑う素振りもなく呼びに行った。


 2人は顔を見合わせる。


 素直に出てくるかもしれないし、何かしらトラブルがあるかもしれない。


 油断は禁物、と思っていたが、幸いなことにエルフィリーナはあっさりと出てきた。受付の者と同じくさっぱりとした修道院の服を着ている。


「やあ、久しぶり」


 ツィアの言葉に無表情な視線を向けるだけで、観念したかのように座った。



 ツィアは話すには持っている情報が少ないので、セシエルに任せる。


「まず結論ですが、エディスは助かりそうです」


 セシエルはエディスの容体から話した。


「そう……」


 投げやりな返事が返ってきた。


「……修道院長に確認してもらえば良いかと思いますが、ガフィンの組織と関わり合いを断つように動いたのはネミリーと僕がメインです。エディスも賛成の立場ではありましたが、彼女がそんな細かいことを考えないことは姉であればよく知っていたのではないでしょうか?」


 セシエルの抗議めいた言葉に、エルフィリーナは一瞬戸惑った顔を見せた。ややあって、「そういうことか」と合点がいったような表情を向ける。


「ミゲルは知らないけど、アントニオのことで恨んだというわけではないわ」


「と言いますと?」


 今度はセシエルが不思議そうな顔をした。


 エルフィリーナは恋人アントニオをネーベル船に沈められた。ガフィンの組織がもちかけた蘇生に望みをつないでいるが、それを断たれたので恨みを爆発させた。そう思っていたが、本人の言葉によると違うようだ。


「あの子が5歳の時にやってきてからというもの、父様も母様もエディスのことしか見なくなった。全てがエディスを中心に動くようになって、私は完全に蚊帳の外。出入り商人のアントニオと仲良くなって一緒に住まわせて良いかと聞いただけで、修道院送りにされて……」


 一度切り出すと止まらない。長い、恨みつらみの言葉が延々と漏れてくる。


「父様も母様も修道院に入った後、全く会いにも来ない。エディスは気を遣って時々来てくれたけどかえって惨めだわ」

「……」

「あの子の周りには頼りになる友達も一杯いる。私にはアントニオしかいなくて、そのアントニオまで死んでしまった。どうして私ばかり奪われるの? どうしてエディスだけ与えられるの? 私の方が2人の娘なのにどうして?」


 悔し涙を流し、最後に大きな溜息をついた。


「だからよ……」



(彼女の認識が事実かどうかは不明だけど、気持ちは分からんでもない……)


 ミアーノ家は姉妹を巡る親の愛の不平等のようだが、ビアニー王家にも兄弟間の不平等はある。


 一つ上の兄ウォリスは身長が足りないということで不当にやり玉にあげられ、その結果本人の性格もねじ曲がってしまった。卵が先か鶏が先かは不明だが、小さいなりに親がもう少し配慮していればウォリスがああなることはなかったのではないか。


 セシエルも困惑した顔をしている。


「ミゲルに関しては、エディスが死ねば私がミアーノ侯爵家に復帰できると期待していた節があるみたいね。そうなればアントニオを蘇らせる資金が出せるんじゃないか、って。それは期待してなかったけどね」


 エルフィリーナが答えた。


 動機としてはそんなものだろう。嘘をついているようには見えない。


(これは親子の問題だなぁ。処罰という点は別にして、俺はもちろん、セシエル公子も、エディス姫も口出しできない……)


 セシエルも最終的にそう判断したようだ。


「全面的に賛同はしませんが、確かにミアーノ家がエディスに比重を置いていたように思うのは事実です。とりあえず、ハフィールさんに話をしてみます」


 重い話を続けるつもりにはお互いになれない。その場で別れて、修道院を出た。



 ミアーノ家の屋敷に戻りながら、セシエルが溜息をつく。


「僕も似たような立場かもしれませんけどね。兄2人は家がキープ、三男だから他所に行け、と。僕は男なのと、何だかんだ旅とか楽しいから自由気ままですけど、エルフィリーナさんは女子で修道院行きとなるとそうもいかないんでしょうね」


「かもしれない……」


 ツィアは短く答えた。人それぞれだ。共通する答えがあるわけではない。


 以降は話をすることなく歩く。修道院から各貴族の屋敷に向かう際には王宮のそばを通過した。


「セシエル公子!」


 突然、威勢のいい女の声がした。体格のいい40くらいの女性が王宮の方から駆けてくる。セシエルが途端に狼狽した。


「じ、女官長!? どうしたんですか?」


「エディスが逃げたんだよ!」


「逃げた!?」


「まだ完全に傷がふさがっていないのに! これからミアーノの屋敷に向かおうと思ったんだけど」


「あっ、それはいいです! 僕が行きます。見つけたら戻るように言っておきますから」


「本当かい? なら、頼むよ。スペシャルランチを全く食べないまま逃げてしまって……」


 ブツブツ言いながら女官長と呼ばれた人間は王宮に戻っていった。


「今の人は?」


「女官長……あんな感じの人だ」


「……ビアニーで言うなら俺達の母上みたいな感じか」


 何が起きたのか詳細は分からないが、何となく雰囲気で飲み込めた。

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