第8話 ミアーノ侯爵家・1
歩くこと30分ほど、ミアーノ侯爵家に近づいてきたところでツィアが足を止めた。
「俺は遠慮しておくよ」
セシエルは「うーん」と唸る。
そういう反応をとるだろうことは予想していた。
エディスを助けた後、そそくさと姿を消したのだから、本人の前には姿を現したくないのだろう。
それをどうにかしたいとは思うが、無理強いしてもややこしくなるだけだ。
「分かりました。じゃ、明日の朝、王宮の前で会いましょう」
「……承知した」
ひとまず次の予定を確保して、別れることにした。
1人になったところで、ハッと思い出す。
セシエルとフィネーラは昨日、「エディスはハルメリカに行きました」と言っている。そこに本人がケガをして戻ってきたとなると、どういうことなのかとややこしくなりそうだ。
とはいえ、今更どうしようもない。セシエルは扉の鈴を鳴らした。
「はーい」
呑気な声が返ってきた。エディスの母・マーシャだ。
そのまま入り口まで出て来る。
「あら、セシエル。どうかしたの?」
全く緊張感がない。「あれ?」と思ったが、ここで「エディスから聞いていないのですか?」と言ったりすると藪蛇になる。
「ハフィールさんはいますか?」
「もちろん。居間でのんびりしているわ」
「ちょっと話がしたいのですが、いいでしょうか?」
「いいんじゃない?」
マーシャの言葉はどこまでも呑気だ。
セシエルは頭を下げて、建物に入り居間まで向かう。
マーシャの言う通り、ハフィールは居間で1人、本を読んでいた。
「おや、セシエル。エディスがいないのに訪ねてくるのは珍しいね?」
「えぇ、そうですね」
ハフィールの言葉に、更に首を傾げたくなった。
エディスは戻ってきていないようだ。となると、ツィアも逃げる必要はなかったことになる。
(ここにいると女官長が追いかけてくるかもしれないから、フィネのところに逃げたのかな? 一応、家には僕達が言い訳したとも言っていたし……)
女官長マリエッタが「逃げた」と追いかけていた。
エディスは問題児であるが、問題児によくあることとして、自分が問題を起こした後の逃亡や言い訳について頭を働かせることがある。
女官長が追ってくる可能性があるので、別の場所に逃げることにした。
問題児仲間のフィネーラのリアビィ家に逃げたのだろう。
不在ならちょうどいい。
本人がいると、やはり姉の話題は出しにくい。2人だけなら聞きやすい。
「ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「何かい?」
「……エルフィリーナさんのことです」
ハフィールは言葉もなく本を閉じた。
「……やはり、エルフィリーナだったか」
「やはり、と言いますと?」
「夕方くらいに女官長がエディスがいないと訪ねてきてね。背中に大怪我をしたらしい、と」
「あっ、女官長は先にこっちへ来ていたのか……」
女官長マリエッタもエディスも抜け目がない。
セシエルは苦笑して、ハフィールには頭を下げる。
「すみません、色々込み入っていたのでまずエルフィリーナさんに聞きたかったので」
「分かっているよ。君とフィネーラが動いていると聞いたから、とりあえず待つことにした」
「エルフィリーナさんは、2人の娘である自分達より、エディスが優先されていて、その不満がずっとあったというように言っていました」
だから刺して良いとも思えないが、両親に対する失望をエルフィリーナが抱いていたことは間違いないと思った。
「僕は正直、エルフィリーナさんは疎遠でしたが、言われてみるとそうかなと思いました。エディスはオルセナの王女かもしれないということですが、だから優先していたのでしょうか?」
「もちろん、それも多少はある。彼女は、オルセナの王女であり、ネイサンをはじめ多くの者から頼まれて預かった存在でもある。彼らに顔向けできないような扱いはできなかったからね。ただ、それだけが理由じゃない」
ハフィールは重い溜息をついた。
「エルフィリーナはエディスが来る前のことを話していたかい?」
「いえ、特には……」
「そうか……。記憶が混乱しているのかもしれないな」
「記憶が混乱?」
「我々にエディスという名前の次女がいたことは間違いないんだよ。生まれて三日で亡くなってしまったけどね」
「……そうなんですか?」
セシエルは驚いたが、言われてみれば納得のできることだ。
エディスがオルセナ王女であり、預かったということになれば何の前触れもなくいきなりミアーノ家に2人目の娘が出来たことになる。もし、そうなれば懐疑的な目を向けられるに違いない。貴族の次女はそんな簡単なものではないからだ。
しかし、エディス・ミアーノが問題児である認識はエルリザ中に広がっているが、エディスという存在についてスイール王国で疑義が呈せられたことはない。
つまり、元々エディスという娘がいたという素地があったからだ。
「せっかくだ、今回、セシエルには全て話すこととするよ」
ハフィールは重々しく言った。
長い話になりそうだ。セシエルはそう思った。
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