第9話 ミアーノ侯爵家・2
翌朝、指定した時刻に王宮に行くとツィア・フェレナーデの姿があった。
「どうだった?」
「色々聞きましたよ」
セシエルは昨日のことを思い出しながら、話す。
「エルフィリーナは妹が生まれる前から楽しみにしていて、だから亡くなったと知った時はとても悲しんでいた」
「そうしたら、全く違う娘が出て来て、妹だとなったわけですか」
セシエルは思わず天を仰いだ。
それはエルフィリーナにとっては納得がいかないだろう。
「……その通りだ。彼女のエディスへの視線は明らかに懐疑的なもので敵意に近いものがあった。ただ、説明するには当時のエルフィリーナは小さすぎたからね。何とか妹だと説明していたのだが」
「納得していなかったのでしょうね」
「そうなんだろうね。いずれ話すつもりでいたが、その時点では2人を離した方が良いだろうと思った。だからアントニオ君の話があった時に修道院に行くように手はずをとったが、それも逆恨みとなったのだろう」
「やることなすことが裏目に回ったわけですね」
「……幸い、エルフィリーナとアントニオ君の関係は良かった。2人が結婚する時に話そうと思っていて事業資金を渡したのだが……」
「……ミアーノ侯爵は去年からアントニオさんに資金を渡していたそうで、アントニオさんはそれを元手に交易をしようと旅立ったところで修道院の船ごとネーベル船に沈められてしまったそうです」
「もう運命を敵に回してしまったとしか思えない有様だな」
ツィアもさすがにその状況でエルフィリーナを責めるつもりはないのだろう。
「……状況は分かった。後はスイールのルールで解決すれば良いのではないかな」
「……そうですね」
ハフィールも相当にショックだったのだろう。「きちんと説明して謝罪することにするよ」と答えていた。近日中に修道院に行って、そうなるのだろう。
そのうえで処分などがどうなるかは分からないが、幸いエディスが死んだり重傷を負うことはなさそうなので、厳罰とはならないだろう。
「……殿下はこれからどうするんですか? エディスを狙うつもりなんですか? 僕もさすがにそれは止めますよ」
「……迷いがないと言えば嘘になる。そうしているうちに俺の方も運命を敵に回してしまった感もあるかな。本来は他にも止めに来る連中がいたはずだが、エルリザに来る方法が分からんのかもしれん」
「……」
「一旦ハルメリカに戻ってもうちょっと考えてみる」
「そうですか……。じゃ、僕もすぐにハルメリカに向かいますよ」
セシエルの答えに、ツィアはくるっと背中を向ける。「それじゃ、また」と左手をあげて港へと向かっていった。
「さて……」
ツィアを見送ったところで、セシエルはまず王宮に報告に向かう。
女官長マリエッタは困った人物だが口は堅い。ただ、一応、状況の説明は必要だろう。
王宮の女官長の部屋を訪ねた。
「全く、あの子はどこに行ったのやら」
「ハハハハ、エディスは問題児ですから」
セシエルは苦笑しながら、状況をかいつまんで説明して、口外しないように頼んだ。
「そんなひと様が詮索しそうな話はどうだっていいんだよ。あの子はもっと食べることが必要なんだけどねぇ」
マリエッタ流の承諾を得たようで、セシエルは安心して外に出る。
マリエッタの追跡も終わっただろうということで、今度はリアビィ家の屋敷に向かった。
「こんにちは」
門の扉を叩くと、すぐにセシエルが出て来た。
「おう、セシエル。どうだった? エディスは元気になったか?」
「……えっ?」
フィネーラの言葉にセシエルは驚いた。
「エディス、こっちに来ていないの!?」
セシエルの驚きに、フィネーラがきょとんとなっている。
「……何で俺のところに来るんだよ? 戻るなら自分の屋敷だろ?」
「……いや、それはそうなんだけど女官長のことがあるから……。エディスはどこにいるんだ?」
セシエルは考える。
思いつく可能性は一つしかない。ネミリーのところだ。
セシエルはその可能性を排除していた。「ネミリーに知らせると大変なことになる」点でエディスと共通認識を抱いていたからだ。解決する前にネミリーのところに行くとややこしいことになる。だから、ネミリーのところではないだろう。そう思い込んでいた。
しかし、「ネミリーに言わなければいいだろう」とエディスが考えた可能性はゼロではない。この状態でハルメリカに行くというのは、エルリザで起きた問題の解決を自分も含めた他人に任せるということになる。が、エディスがこうしたことをセシエルに丸投げしてきたことは一度や二度ではない。
「……まずい」
丸投げはともかく非常にまずい事態だ。
エディスがハルメリカに行ったのなら、ネミリーのところに行くだろう。しかし、エディスのことだからずっとルーティス家の屋敷にいるはずがない。
外を歩いているところに、再びツィア・フェレナーデと出くわしたら……
「まずい! ハルメリカに行かないと!」
「お、おい、どうしたんだよ?」
セシエルは港に走った。
「あー、午前の便で早船は出払ったよ。午後は遅い便になるけど良いかい?」
「何でもいいから、とにかく急いで!」
セシエルは船を急かす。
このままでは何も知らないエディスとツィア(とネミリー)が遭遇することになりかねない。
そうなったら大変だ。そうなる前に何とか船が着いてくれることを期待するしかない。
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