第10話 運命の刻・1

 セシエルの読み通り、エディスはハルメリカにいた。


「姉さんに文句を言われた」


 刺されたなどと言ったら、大変なことになるので単に文句を言われたことだけを告げる。


 ネミリーも文句という言葉にはあまり反応しない。


「まあねぇ。正直、エディスみたいな問題児が後継者で、自分が外されたのだから文句の一つや二つ言いたくなっても不思議ではないわね」


「それで私、考えたんだけど、そもそも私ってミアーノ家を継ぐのかなって思って」



 現時点でエディスはトレディア大公子のサルキア・ハーヴィーンと婚約関係にある。


 これが仮に覆ったとしても、スイール王子サスティ・ミューリとは犬猿の仲にあるため、素直にミアーノ家を継げるとは思えない。


「姉さんでもいいし、それがダメなら結婚云々を別にして、セシエルが父さんの養子になれば良いと思うのよ」


「あぁ、なるほど。確かに全く血縁がないわけじゃないものね」


 エディスとの結婚関係で考えられがちであるが、ハフィールとマーシャは又従兄弟関係にあり、その姉の子であるセシエルも遠縁ではあるが全く血がつながっていないわけではない。


 だから、最悪の場合にはセシエルを直接養子にするという解決策も存在する。


「でも、そうなるとサルキアのところに行かないならどうするつもりなの? もしかしてオルセナにでも行くつもり?」


 ネミリーの質問にエディスは多少迷うような顔をして答えた。


「えっと、ステレアに行こうかなと思うのよ」



 ネミリーの目が大きく見開かれる。


「ステレア?」


「やっぱりね、一番許せないのがガフィン・クルティードレなわけよ。で、その影響を受けたビアニーがネーベルの問題を放置してステレアに攻め込んでいるわけで、これを見過ごすわけにはいかないと思うの」


 ネミリーは目を丸くした。


「えぇ、もしかしてビアニー軍と戦うとか言い出すんじゃないわよね?」


「そこまでは行かないにしても、私がフリューリンクにいればジオリスも簡単には動けないでしょ。そうすることでビアニーに何とかしろって言えるんじゃないかなと思うわけ」


 エディスの言葉に、ネミリーはけげんな顔をする。


「まあ、エディスの魔道力がすごいのは認めるけど、そこまでうまくいくかしら? セシエルがついていくの?」


「セシエルは来ないわよ。さっきも言ったけど、ミアーノ家のことがあるし」


「セシエル抜きでどうやって、フリューリンクに入るわけ? 門番と交渉できるの?」


「そこはそれ、フリューリンクまであの人についてきてほしいの」


「あの人?」


 ネミリーは一瞬誰のことか迷ったようだが、すぐにパリナ・アロンカルガのことを言っているのだと気付いたようだ。


「……まあ、いいけどね」


「本当? ありがとう! それじゃ、セシエルに伝えてくるわ」


 ネミリーがまたまた驚く。


「えぇぇ? この許可だけ貰いにハルメリカまで来たわけ? で、またわざわざセシエルに伝えに行くの? 行きたいのならそのままステレアに行ったらいいんじゃないの? 今度セシエルが来たときに私から伝えておいてもいいわよ」


 ネミリーの言葉にエディスは僅かに動揺しつつ、笑ってごまかす。


「だ、大丈夫よ。私もいつまでも誰かのおんぶに抱っこというわけにもいかないし」


「そう? 何か随分細かいところまで気にしているのねぇ。エディスらしくないわ」


 ネミリーはけげんな顔をして首を傾げる。


 しかし、それ以上追及することはなかった。



「ふぅ、疲れたぁ……」


 ルーティス家の屋敷を出て、港に戻りがてらエディスはため息をつく。


 もし、セシエルに言い含めないままネミリーと話をさせれば、エルリザの顛末がすべてばれてしまい、大変なことになる。


 ネミリーが知る前にセシエルを納得させ、更に両親にも話をしてうまく事を収めないといけない。その後はそれこそのんびりステレアに赴けば良いだろう。


(これで丸く収まるはずだけど、大丈夫かなぁ)


 気にかかることは2つある。


 まずは女官長マリエッタだ。ただ、彼女はめちゃくちゃだが、口は堅いという話を聞いている。セシエルとフィネーラもいることだし、何とか収めてくれるだろう。



 もう一つは、墓場で聞いた謎の声だ。


(結果的に、言われた通りにしたから怪我がそう重くなかったのかもしれないけど)


 ただ、そこまで見ているということは、その人物はミアーノ家の問題をしっかり認識しているということだ。敵ではないと思いたいが、予期せぬ行動をとる可能性がある。


 何者か突き止めて、口止めしておく必要がありそうだ。


(ただ、あの声、どこかで聞いた覚えはあるんだけど、誰だろう……)



 そう思った瞬間、背後から声をかけられた。


「エディス姫」


「……?」


 何の気なく振り返ったエディスの表情が輝きを帯びる。


「あっ、貴方は……」


 久しぶりに見る銀髪の頼れる青年の姿がそこにあった。 

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