第11話 運命の刻・2
ハルメリカについてすぐ。
エディスの後ろ姿を見つけて、ツィアは我が目を疑った。
(エルリザにいたのではないのか!?)
セシエルが「リアビィ家にいる」と当然のように言っていたので、結論を出すべく一旦ハルメリカに戻っていた。
話が違う。
そうセシエルに文句を言いたくなるが、一方で別の考えも浮かび上がる。
(運命が、そうしろということか……)
見つけたと同時にエディス本人が姉とその従者に襲撃され、ツィアは思わず助けてしまった。更にエディスを狙っているということをセシエルにも知られてしまった。
それで運命は途絶えてしまったと思った。セシエルはのんびりしているが侮れない人物であることをよく分かっている。彼の警戒をすり抜けてエディスを始末することは難しいし、何より自分が狙っているということは遠からずエディスに伝わるだろう。
やむをえないと思った。
運命がオルセナと彼女に味方した、ということだろう。
ところがセシエルがハルメリカに来るより早く、自分の方がエディスを見つけてしまった。気まぐれな運命は、一旦エディスに近づいておきながら、改めて自分の方に回ってきたのだろうか。
(今回は仕留める)
ツィアはそう決断した。
「エディス姫」
声をかけるとエディスが振り返る。
当初けげんそうな顔がパッと輝いた。
「貴方はツィア! ハルメリカに来ていたの?」
「あぁ……」
本人は何も知らないだろうし、ひょっとしたらエルリザの墓場で声をかけたのが自分だと分かっているのかもしれない。
その上で尚、エディスを殺すことにはもちろん良心の痛みを感じるが。
(恨めばいい。呪えばいい)
心を押し殺して、右手に力を込める。
エディスの魔道力とは比較にならない大きさではあるが、明確な殺意をもった魔力の塊が彼女を襲う。
「えっ!? うわっ!」
エディスは慌てて受けようとするが、初速の違いは明らかで受けきれずのけぞるように下がる。
「うわ、ぐっ!」
数歩下がったところにあった低い壁に背中を打ち付けて、そのまま地面に倒れ伏した。
反撃があると予想していたツィアは予想外にあっさりとエディスが倒れ伏したことに意表を突かれるが、もちろんエルリザにいただけに原因に思い当たる。
(怪我が完全に治ってなかったのか)
下手すれば死んでいたかもしれないくらいの負傷だったので当然といえば当然である。
どうやら、運命はビアニーを選んだようだ。
「エディス姫、貴方に恨みはないが死んでもらう。許しを乞うつもりはない。サルキア公子共々、俺を呪ってくれればいい」
エディスが呆気にとられた顔で見上げた。
「サルキア……?」
「そうだ。彼も死んだ。姫のことを最期まで想いながら」
「……そうなんだ」
「何か言いたいことはあるか?」
「……ない。楽に死にたい」
そう言ってエディスは観念したように頭を落とす。長く黒い髪が全てを覆うかのように地面に舞った。
「善処しよう」
ツィアがそう言って剣を振りかぶった瞬間。
短い音がして、何かがツィアの剣を直撃した。
鈍く重い振動を右手に感じながら、ツィアは意外というより軽蔑の感情を抱いて、物の飛んできた方向を向く。
「今更来たのか」
向いた方向には誰もいないが、そのかなり後方から長身の男が二人駆けてくる。長い金髪の優男と、屈強な肉体の持ち主。エマーレイ・フラーナスとファーミル・アリクナートゥスだ。
しかし、直接に止めたのはもちろんシルフィ・フラーナスに違いない。
「……姿を消していれば殺されないとでも思ったか?」
シルフィがいるだろう方向は大体分かる。その方向に剣を向けるとシルフィは情けない悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃっ! お姉ちゃん! 一緒にこの殺人鬼を何とかしようよ!」
声をかけられたエディスは前方にうつぶせに倒れている。背中の傷口が開いて気絶してしまったらしい。
「君を殺して、エディス姫を殺す時間は十分ある」
「ひぇぇぇぇっ! 誰か来てえ!」
シルフィが無駄に叫んだように見えたが。
「あっちだ!」
案に相違して、大勢の者が駆けてきていた。
その先頭に栗色の髪をした三つ編みの少女がいる。
ツィアは天を仰いだ。
運命の女神は散々迷った挙句に、最後にネミリー・ルーティスを選んだのだと悟った。
30人ほどの衛兵とともにやってきたネミリーは険しい視線を、まず自分に、次いで周囲に向ける。
「……貴方はツィア・フェレナーデだったわよね。これは貴方達が企んだということでいいの?」
「貴方達……」
ツィアは改めて周囲を確認した。
ハルメリカの衛兵以外の四人、ツィア、エマーレイ、シルフィ、ファーミルがまとめて犯人扱いされているらしい。
さすがに可愛そうなので弁明しようと思ったが。
「……話は別の場所で聞いた方が早いわね。逮捕するわ」
有無を言わさぬ口調で言うと、ファーミルの方に向き直った。
「ラルス大使ファーミル・アリクナートゥス、これは一体どういうことなのでしょうか?」
穏やかな口調だが、明らかに凄まじい怒りが含まれている。
「えぇと、私もよく分からないのですが……」
誤魔化すように笑うファーミルに対して、ネミリーが冷たい視線を向ける。
「そうなのね。私もよく分からないので、すべてが分かるまで全員逮捕・収監させてもらうということでいいわよね?」
と言って、手足の細い長身の指揮官らしい男……エルブルス・ヘフネカーゼに声を掛ける。
「全員連れていきなさい」
「は、ははっ……」
今や50人以上に増えた衛兵が近づいてきた。
「じ、児童虐待反対〜」
シルフィの情けない声に。
「あ゛あっ!?」
一瞬、地獄の底から響くような声がした。
ネミリーが鬼のような形相でシルフィを睨みつけている。
「クソガキが偉そうなことを言うんじゃないわよ。あんたのようなガキに認められている権利は、自白する権利と死刑になる権利だけに決まっているでしょ」
一切の反論を認めない様子で吐き捨てるように言った。
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