第5話 回復してもまた一難
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
自分がどうなっているのか、エディスには分からない。何もない空間に漂っているような感覚があった。暗い闇の中から光が広がり、どこか屋外の景色が広がる。
(墓……?)
エディスの前には墓があった。
大きな白い大理石の墓の前に、黒い髪の少女が立っている。
(あれ、私がそこにいるの……?)
と思った瞬間に、エディスの意識は途絶えた。
「あれ……?」
見上げると灰色の煉瓦の天井があった。
間違いなく屋外のようであり、自分と同じような少女は視界にいない。
「あっ、気が付いたかい?」
横の方から聞き覚えのある声がした。
「セシエル?」
左側にもっとも見慣れた身内の1人……セシエルの顔があった。
「……女官長、すぐに傷口を切ろうと言い出すけど見立ては確かなんだよね」
「女官長?」
「王宮の女官長の部屋だよ」
セシエルの言葉に、ようやく記憶が鮮明によみがえる。
(そうだ、私、姉さんに呼び出されて、墓場で急な痛みがあって意識を失ったんだ……)
意識を失う前に「凍結させろ」という大声が聞こえて、それに従ったことも思い出した。聞き覚えのある声だったが、誰だったかはっきり思い出せない。
「私、どのくらいここにいたの?」
「2日くらいかな……」
セシエルのたわいない言葉にエディスは驚く。
「そんなに!? それだと父さんや母さんが」
「家の方には、エディスはハルメリカに出たって言ってあるよ。色々、ややこしい状況だから、君の記憶も聞かないといけないと思ったから」
「私の記憶?」
一瞬、セシエルの意図が分からなかったが、すぐにエルフィリーナのことを言っているのだと気づく。
「まず、僕とフィネが分かっていることを言うと、君の負傷はエルフィリーナさんと、亡きアントニオさんの弟によるものらしい。らしい、と言うのは僕達は現場に居合わせず、君を助けたツィアさんから聞いたからだね」
「ツィアさん?」
またまた驚くが、気を失う前に聞いた声がツィア・フェレナーデのものだったことは合点がいく。
「……別にツィアさんを疑ったわけじゃないけど、彼の発言を元にミアーノ家に間違った波風を立てたくないという思いがあったからね。とりあえず助かりそうだということで、家にもネミリーにも黙ってある。ネミリーもああ見えて、君が死にそうとかなると厄介だし」
「うん、まぁ……」
ネミリーが取り乱すと自分以上に手が付けられないことはエディスもよく認識している。「エルフィリーナをハルメリカの牢獄まで連れていく」とか「修道院を燃やせ!」とか言い出しても不思議はない。
「……姉さんに、『どうして私ばかり』って言われた」
「エディスばかり?」
「父さんの娘でもないのに、家の後継者になったり、修道院に余計な事をしたりって」
「つまり、君を刺したのがエルフィリーナさんということは間違いないと?」
「うん……」
エディスは頷くと同時にセシエルに尋ねる。
「これ、父さんに言わなければいけないことなのかな?」
セシエルは首を傾げる。
「……正直、そう思う。姉妹間に波風を立てたくないという思いはあるんだろうけれど、やったことを見逃していいとは思わないけどね」
「……」
「ま、でも、気を取り戻したばかりで無理に考えることを強要しても何だと思うし、しばらく考えるといいんじゃないかな?」
「そういえば、ツィア・フェレナーデはどこにいるの? 助けてくれたのなら、お礼を言いたいんだけど」
セシエルは肩をすくめた。
「近くにはいない。君をフィネに預けると、犯人を追うって言って、去っていった」
「犯人を追う? ということは、彼は姉さんを探しているの?」
「正直、分からない。エルフィリーナさんがどこにいるかを知っているのかというと分からないし……」
セシエルは更に何か言いたそうな様子だったが、少し考えてやめたようだ。
「ま、あの人も色々謎な人だから……」
「……そうね」
「とりあえずしばらく安静にしているといいよ」
「分かった」
その場ではセシエルに殊勝に応じたエディスだが、すぐにその言葉を後悔することになる。
「そうでなくても細っこいのに、2日も何も食べていないんだ! がっつり食べて肉をつけるんだよ!」
「えぇぇぇっ!?」
数時間すると、女官長マリエッタが山盛りの皿を持ってきて、エディスのベッドの横に置いた。
野菜はともかく、丸々の肉の塊や豆の量は常軌を逸している。セシエルと2人でも無理だ。大食漢のフィネーラと2人がかりでちょうど良いくらいと感じられる。
「こ、こんな量、食べられるはずがないんだけど?」
「情けないことを言うんじゃないよ! 根性が足りないんだ! しっかり食べなきゃ回復もしないよ!」
「ひえぇぇ!」
もう少し体が動くようになれば、すぐにこの部屋から逃げなければならない。
エディスは半強制的に食べさせられながら、強くそう思った。
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