第4話 女官長マリエッタ
足早に立ち去るツィア・フェレナーデを止めたかったが、止める方法がない。
セシエルはひとまずフィネーラとともに王宮に戻ることにした。
近くの辻馬車を止め、そこに乗り込む。
「王宮まで急いでくれ! 早く!」
急かして、エディスの様子を見る。
ツィアの言う通り、背中側の脇腹あたりに刺し傷がある。
かなり低い位置から上に向かって突き刺すような形に見えた。高さからすると100センチちょっとほどか。
ツィアは「エディスが姉さんと呼んでいた女性とその子供」が犯人であると言っていた。それを完全に信用するのは早計だが、彼がこの位置に刺すのはかなり難しいだろう。
子供の犯行という言葉に説得力はありそうだ。
(子供というと……)
エルフィリーナが連れている恋人の弟が候補にあがる。
何故、エディスを刺したのか。
一見すると不可解だが、おおよその想像はつく。ネミリーが修道院長に圧力をかけてガフィン教団と修道院が関わらないように圧力をかけたことだろう。
王宮まで着いた。
「宮廷女官長のところに連れていこう」
セシエルの言葉にフィネーラは「うぇぇ、あのおばちゃんかよ」と顔をしかめたが、エディスの容体のことがあるので四の五の言ってはいられない。
衛兵達が「どうしたのですか?」とフィネーラが背負っているエディスについて尋ねてくるが、「急いでいるので」と応対を断り、女官長の部屋に向かう。
宮廷女官長のマリエッタ・レンフォは45歳の恰幅の良い、フィネーラの言うようにまさに”おばちゃん”というような人物である。医学的な知識が豊富であるうえに手先が器用でこれまでに100人以上の腕や足を切り落として縫合してきた技術の持ち主だ。
手足なら特に診断もしないまま「切り落とそう」と言いかねない危険さがあるが、さすがに胴体を斬ることはないだろう。同性ということもあるので安心な存在だ。
「ミアーノ侯女じゃないか! どうしたんだい!? まさかあんた達がやったんじゃないだろうね?」
「冗談がきついですよ」
セシエルは苦笑いを浮かべて答える。その間もマリエッタはてきぱきと傷口を見ている。
「まあ、この位置だとあんた達じゃなさそうだね。犯人は子供なのかな。あるいは事故? 傷口が凍っているじゃないか」
「出血を止めるためのようです」
「そうは言っても重要器官に届いていると危険だよ……。どうやら大丈夫かね? この子は可愛いけど細っこすぎるんだよね。少し切られただけで臓器まで行っちゃうよ」
「……本来、斬られる立場じゃあないんですけどね」
セシエルは苦笑する。
今回はアクシデントだろうが、エディスが割とほいほいと危険なところに行っているのは確かだ。
マリエッタは更に調べているが、しばらくして「あたしの出る幕じゃないね」とお手上げとばかりに反応した。
「傷口を塞ぐような形で凍結させているよ。臓器に到達していない以上、このまま少しずつ温めて体力を回復させるのが良いだろうね」
「へえ、そんな器用なことを?」
2人とも驚いた。刺された状況下でそんな器用なことができるのは驚きであるが。
(ひょっとしたら殿下がフォローしたのかもしれないな)
ソアリス・フェルナータはサルキア以前に留学生最高の魔道成績を修めていた人物である。エディスに傷口を凍結させる間、見える範囲で悪化しないような形で繋げる工夫をしたのかもしれない。
(しかし、あの人は何をしにエルリザに来たんだ?)
緊急の状況下だったので聞けなかったが、聞きたいことは山ほどある。
そもそも何故エルリザに来たのか。
ハルメリカでない薬草は、エルリザにもないと言ってあるはずだ。だから、許婚者の薬草を探すためにエルリザに来る理由は少ない。ひょっとしたら、ミベルサやガルスクスなど他の大陸に行くつもりなのだろうか。それはビアニー王子としてやり過ぎではないか。
また、エディスが墓場で刺されたという、彼の言葉を信用するなら、何故墓場にいたのかという疑問も浮かび上がる。
状況を見るに、ツィアは現場に居合わせたと見るほかはない。路上などなら偶然もありうるが、墓場にいるというのはあまりに不自然だ。
(やはり何としてでも連れてくるべきだったかなぁ)
と後悔もするが、後の祭りだ。
更にもう一つ問題がある。
エディスはひとまずマリエッタに任せて、フィネーラと外に出た。
廊下を歩きながら小声で話す。
「フィネ、とりあえずエディスの意識が戻るまで犯人についての話はなしだ」
「おっ、別に構わんがどうしてだ?」
「本当にエルフィリーナさんが関与していたのかは分からないし、仮に関与していたとしても、それはそれで非常に厄介で僕達が迂闊にかかわる問題でもない」
あまり考えないフィネーラも「なるほど」と同意する。
「……確かに、ミアーノ姉妹同士で刃傷沙汰が起きたとなると、色々ややこしいことになるな」
「もちろん、エディスに万一のことがあれば別だけど、女官長が言うには大丈夫そうだ。それなら回復まで待つべきだろう」
フィネーラは「分かった」と頷いた。
「しかし、女官長1人に任せて大丈夫なのか? 衝動的に腕を斬り落としたりしないだろうか?」
「フィネ、君はどういう認識を女官長に抱いているんだい? いくら何でも手足に傷がないのに切り落とすなんてありえないよ……」
と言ってから、擦り傷などがありうることに気づいた。
「……一応、何もないか見に行っておこう」
2人は足早に女官長の部屋へと戻っていった。
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