第3話 共同墓地にて・2

 墓場の中は目立つので、さすがに距離をとるしかない。


 ツィアは少し距離を置いて、物陰に隠れつつ後をつける。


 もし、魔力で探知されていたらそれでも気づかれるだろうが、その場合は仕方がない。


 物陰から僅かに顔を覗かせると、広めの墓地スペースで待機している女と子供がいた。


 立派な墓の作りになっており、ここがミアーノ侯爵家の墓なのかもしれない。


「久しぶりね、エディス」


 女が口を開いて、エディスが答える。


「うん、久しぶりね、エルフィリーナ姉さん」



(エディス・ミアーノの姉……、ということはミアーノ侯爵家の本来の娘か。しかし、姉妹の面会が墓場っていうのはどうなんだ? 怪しいことこの上ないのだが?)


 怪しいというなら、墓場までついてきているツィア自身も怪しいことこのうえない。それはもちろん自覚しているが、そう思わざるを得ない。


 もっとも、エディスは姉妹で墓参りくらいのつもりでいるらしい。いそいそと近くの井戸に走って、水をくみ上げている。


 その水で墓石を綺麗に洗っていると、姉の方が話しかける。


「エディス……、貴女は一体何者なの?」


「……何者?」


 きょとんとした顔で振り返ったエディスの表情が固まる。


 はっきり見えないが、姉の表情が相当恐ろしいものなのだろう。


「父さんの娘でもないくせに、ミアーノ侯爵家に入り込んで、後継者におさまって……」


「そ、それは……」


 震える姉の声に、エディスは明らかに動揺している。


「その上、修道院長に働きかけてアントニオのことも潰そうとしている……。貴女は一体、私からどれだけ奪えば気が済むの?」


「待って、姉さん。それは違うの」


 エディスが弁明しようとするその瞬間、彼女の背後に子供が回り込んだ。その右手に握るものを確認し、ツィアは思わず叫ぶ。



「後ろを見ろ! 油断するな!」



 エディスが「えっ?」と振り返る、短剣をもつ子供はエディスの背中あたりに体当たりを敢行する、ツィアは隠れ場所から飛び出て、駆け込んだ。


「何者!?」


 エルフィリーナの叫びを無視して、ツィアはまっしぐらに子供に駆け込んだ。


「な、何だ!? おまえは!」


 子供の抗議めいた叫びも無視し、20メートルほどの距離で魔力の玉を打ち出した。


「うわあ!」


 子供は血がついたナイフを落として吹き飛んだ。


「逃げるわよ!」


 エルフィリーナが子供に駆け寄り、そのまま墓場から逃げようとする。


「だけど、まだとどめを!」


「あいつに勝てると思っているの!?」


「……」


 2人はそのまま逃げだした。


 一歩踏み出したところで足を止め、ツィアは真下に倒れるエディスを見下ろした。そうでなくても白い顔が青みを帯びている。脇腹の付近からの出血が明らかで、どう見ても重傷以上は間違いない。


「お願い、姉さん、話を聞いて……」


 エディスの微かな、虚ろな声が聞こえる。


 そんな場合か、ツィアは頭に来て叫ぶ。


「傷口を凍らせろ! 早く! 死にたいのか!?」


「……え? は、はい」


 驚いて反射的に言うことを聞いたようだ。すぐに傷口のあたりが凍結してくる。


 出血が続くよりは一度凍らせて止血した方が良いだろう。早めに医師に見せて出血を止めた後、温めれば良い。



「……ったく、俺は何をやっているんだ。あの馬鹿2人もどこをほっつき歩いているんだ?」


 俺が止めるとか脅しをかけておきながら、一向にやってこない兄妹に毒づき、ツィアはエディスを背負うと北に向かう。


 港に降りた時、市内の大体は把握している。ここから北の方に王宮があるはずで、王宮なら医者もいるはずだろう。


「勘違いするなよ。訳が分からないから、事態を把握したいために助けただけだからな」


 聞いていない相手に対して何度も言い聞かせるように言い、ツィアは北へと走る。



 およそ20分、距離にして1キロほど走ったであろうか。


 ようやく人の姿が見えた。若い衛兵だ。


「誰か、医者を呼んでくれ!」


 背負っているエディスを見たのだろう。衛兵もすぐに頷いて「誰か!」と叫びながら走り出す。


 少し離れたところから「どうした?」という声が聞こえてきた。二、三、言葉をかわして、2人の青年が走り寄ってくる。


 そのうちの1人がセシエル・ティシェッティであることに気付いて、ツィアはようやく足を止めた。


「えっ、ソア……じゃなくて、ツィアさん?」


 驚くセイエルに対して、隣の長身の男が「貴様! エディスになにをした!?」と叫んでくる。セシエルが慌てて宥める。


「いやいや、この人がエディスに危害を加えるつもりなら、こんなところで背負っていないでしょ。どうしたんですか?」


「……墓場で、姉さんと呼んでいた女性と、その女についていた子供に刺された。傷口を凍結しているから縫合すれば命にはかかわらないと思う」


 セシエルは一瞬、「姉さん?」と目を丸くしたが、思い当たる節があるらしい。「そうですか……、ありがとうございます」と頷いた。


「墓場からここまで背負って疲れた。代わってもらっていいかな?」


「フィネ、持ってくれる?」


「おうとも」


 長身の男がセシエルに答えた。ツィアはエディスを彼に任せると。


「じゃ、俺はこれで」


 立ち去ろうとしたが、すぐにセシエルに止められる。


「待ってくださいよ。せっかくですから医師のところまで」


 予想通りの反応だ。


 瞬間的に準備した答えを返す。


「いや、俺がいても治療の助けにならない。念のため犯人を追いたい」


 犯人が気になるのも事実だが、それ以上に関わり合いになりたくなかった。

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