第2話 共同墓地にて・1
1月2日。
ハルメリカからエルリザへと向かう船が間もなく港に着こうとしていた。
その甲板に出たツィア・フェレナーデは周囲を見渡し、港の方に視線を向ける。
「あの2人、何をしているんだ?」
思わず独り言を漏らして、首を傾げた。
あの2人というのは、シルフィとエマーレイのフラーナス兄妹のことである。
ツィアが半年ほど前にステル・セルアから西に向かったのはオルセナ王女であるエディス・ミアーノを暗殺するためである。
しかし、これについてはシルヴィア・ファーロットが予想外に強い反対を示しているようで、共同行動をとっていたエマーレイに阻止するよう頼んでいた。
そのエマーレイに対して、ツィアは「年内は動かない」と約束をした。
年内ということは、年が変われば動くという意味である。
当然、相手もそれを理解しているだろう。
年明けすぐにハルメリカからエルリザへと向かう船を警戒しているに違いない。
それならそれで構わないとも思った。
昨年の後半は色々なことが起きすぎた。自分の全く知らない世界を垣間見たと言ってもいい。
ビアニーの王族に生まれた者として、オルセナ王女の存在を認めるわけにはいかない。その少女は間違いなく大陸屈指の魔女である。オルセナのために動けばビアニーの禍根になりかねないからだ。
とはいえ、個人的に恨みがあるわけではない。
シルフィはともかくシルヴィアまで相手側に回った。
ビアニーの正義は、あるいはアクルクアの正義ではないのかもしれない。
運命が彼女を、オルセナを選ぶのならどうしようもない。運命はシルフィとエマーレイに、あるいはファーミル・アリクナートゥスあたりに仮託されているのだろう。
そう思うと、心のどこかでそれを楽しみにしている自分もいた。
ところが2人の姿がさっぱり見えない。
もちろん、シルフィは姿を消すことができるから、実はこの船の中で姿を消している可能性はゼロではない。ただし、彼はある程度シルフィの癖に気付いている。彼女は姿を消せるが、影までは消せないから日向にいる時の動きはどうしても制限される。足音も注意して聞けば分かる。
正確な場所は分からないにしても、集中を研ぎ澄ませば、シルフィが近くにいることくらいは分かる自信がある。
その存在感が全くない。
(俺が諦めると思ったのかな?)
2人が何らかの理由で追跡を諦めたのかもしれない。ただ、エマーレイの決意表明からすると、その可能性はかなり低いと思えるのであるが。
あるいは彼らの身に予期せぬことが襲い掛かったのだろうか、とも考えた。
しかし、その可能性は低いはずだ。
もちろん、ユーノで大公が重用している魔道士が暗殺された一件は大騒ぎになっているはずだが、それが及ぶのはユーノの中だけであるはずだ。彼らが寄り道をするのはスラーンであり、そこでこの件が問題になることはないはずだ。
船はエルリザについた。
港に降り立ち、改めて周囲を伺うが、やっぱり誰もいないようだ。
「まあ、いいや」
あるいは2人は先にエルリザについているのかもしれない。
ツィアはこの件に関しては、運命に任せるつもりでもいる。躍起になって探し回るつもりもない。
ひとまずエディス・ミアーノがどこにいるか、ミアーノ家の屋敷にいるのだろうからそれを探すことにした。幸いにして港から街に向かうところに大体の地図がある。主要貴族の屋敷も大体記されていた。
ミアーノ家の屋敷は街の東の方にある。つまり、港から近い場所だ。
特にどうするか方針もないが、まずは歩いて向かうことにした。
どうやって近づくかについては考えていないが、近づけば特に問題はないだろうと見ていた。
エディスの魔力はとてつもないが、魔力を爆発させるより短剣を突きさす方が早い。
ツィアは彼女と顔見知りではあるし、過去に敵対したこともない。むしろ協力したことのある関係である。
たまたまエルリザに来た風を装って、挨拶して近づけば警戒されることはないだろう。ただし、グルケレスの時と違い、失敗は許されない。失敗すると、彼女はとんでもない移動力で逃げていくだろう。そうなると終わりだ。
仕留めるか、破滅するか。
東から屋敷に近づくと、二階の窓から見覚えのある顔が外を伺っていた。もちろん、エディス・ミアーノだ。
何をしているのかと思うと、突然二階の窓から下に飛び降りてきた。
(うわっ!)
思わず叫びそうになる口を押さえる。幸い、声が漏れることはなく、またエディスもこちらの方向は向かないまま西の方へ足早に移動を始めた。魔道で瞬時に移動されると厳しいが、幸いそういうことはない。
(どこかへ向かうつもりなのか?)
エディスはやや早い足取りで西へと向かっている。
警戒していないのだろう、後ろからついていっても振り返ることはない。
人通りの多いところをそのまま西に横断し、今度は人通りの少ない地域を歩きだす。
(ひょっとすると、運命はビアニーの味方をしようとしているのか?)
思わずツィアはそう思った。
シルフィもエマーレイもいない。
本人はというと、わざわざ人通りの少ない方へ歩いている。もちろん、別に人通りが多くても構わないのだが、いないならいないに越したことはない。
(まあ、人通りが少ないところだと偶然を装うのは難しいか。どういう言い訳をするかな)
そんなことを考えながら歩いているうち程なく、彼女の目的地が分かった。
エルリザの西側にある共同墓地だ。
ツィアは首を傾げる。
まさか永遠に眠る場所を自分で選んだ、そういうことだろうか?
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