1.アルフィム・ステアリート
第1話 新年の誘い?
オルセナ暦752年の年末。
エディスはフィネーラやセシエルといった友人とともに、年末の儀式を祝うべく、ギムナジウムに顔を出していた。
年末の儀式と言ってもたいしたことではない。この一年何をやってきたかを詳らかに告白し、神に許しを請うというものだ。当然、そんな自己の個人的なことを馬鹿正直に話すものはいない。
全員が形式的な罪を告白し、形式的に許しを請うという儀礼をこなしている間、セシエルが尋ねてくる。
「エルフィリーナさんから何かあった?」
エディスの形の良い眉が力なく下がる。
「何もない……」
3ヶ月前、ネミリー・ルーティスが再度エルリザの修道院を訪れた。その前の10倍である金貨1000枚を叩きつけ、以降ガフィンの組織とは一切連絡を断ち、セローフともなるべく連絡しないことを誓約させた。
もちろん、ネミリーは誓約書だけで安心するほど甘くはない。リアビィ家とも締結し、修道院を監視することを約束させた。
「これで修道院がガフィンと組んで、変な事をすることはほぼなくなったはずよ」
ネミリーが自信ありげに言ったのも無理はない。
大陸最大の富豪であるうえに、ハルメリカは大陸最大の交易都市である。いくらガフィンの組織に金があるとしても、ネミリーの上を行くことはできないはずだ。
従って、修道院が変な方向に走ることはなくなった。
船の沈没に伴うエルリザ国王との交渉の行方はともかくとして、非人道的な方向に走ることはない。
一般論としてはそれで全てが済む。
ただし、エディスはそうあっさりと解決することはできない。何といっても、彼女の姉エルフィリーナは修道院で働いている恋人を失ったわけである。「そんなことは実現するはずないのだから」とエディスが言い含めるのは非常に難しい。
本人に何とか理解してもらい、諦めてもらうしかないが、それが簡単に叶うなら苦労はしない。
セシエルもそれは分かっているようで、「参ったよね」と肩をすくめる。
「何かいい方法があればいいんだけどね……」
「まあ、恋人を事故で失うなんて、滅多にないことだから……」
「だよねぇ」
セシエルもお手上げといった様子である。
もっとも、セシエルには他人のことばかり鑑みる余裕がない実情もある。
「僕も、来年には18歳になる。父と約束した家を出ていく年だ。どこかしら探さないとね」
「いっそ、セシエルが姉さんと結婚してミアーノ家を継いだらどう?」
セシエルとエディスという組み合わせは時々周囲で語られることは知っている。
それなら別にセシエルと姉でも良いのではないか。
「私はまあ、ハルメリカに行ってブラブラと過ごしても良いわけだし」
「いやぁ、僕が良くても多分ハフィールさんがダメだと思うよ」
と言われるとエディスにも反論しづらい。
エルフィリーナの継承に一番反対しているのは父のハフィールだから、だ。
「そもそもエディスもハルメリカに行くってどうなの? サルキアはどうしたの?」
「……手紙を出しても返事が来ないのよ。忙しいのかもしれないし、他のことがあるのかもしれないけど」
「そこまで冷たい奴でもないと思うけどなぁ」
セシエルは首を傾げるが、文句を言うとエディスの立場がなくなると配慮したのだろう。
「まあ、彼の場合、自分だけの立場ではないから難しいか」
と、不承不承理解したような態度を示した。
儀式が終わり、全員自らの屋敷に戻った。
あと一日半もしたら新しい年を迎える。
「サルキアは私が18歳になる時までに魔道の勉強をして、何とかすると言っていたけど、できるのかなぁ……」
1人になり、部屋に戻って考える。
自分には魔力の原理はさっぱり分からない。
このままで良いわけでもないだろうが、勉強してどうにかなるとも思えない。
「他人に任せてばかりでもダメかなぁ。でも、誰に頼めばいいんだろう?」
サルキアがダメならセシエルになるが、セシエルの成績は普通の人間が魔道を頑張ればいい成績になりました、という感がある。あまりアテにすべきではなさそうだ。
そんなことを考えると、何かが窓に当たる音がした。
「……?」
エディスは窓から外を眺めた。と、何かが飛んでくる。
「わっ……」
思わずよけると、小さな石が飛んできた。ただ、単なる石ではない。何かが巻きつけられている。紙のようだ。
当然、エディスはそれが気になり、拾って紙を広げてみる。
「手紙……?」
中には丁寧な字で文が書かれていた。
『新年の二日、西の共同墓地で話したいことがあります。 エルフィリーナ』
とだけ記されている。
姉の名前が記されているが、姉の字にはっきりとした記憶はない。ただ、違うとも思えない。
「西の共同墓地……?」
エディスは首を傾げた。
全く馴染みのない場所ではない。
そこにはハフィールの父である前ミアーノ侯爵トレビソを含めた先祖が眠っており、子供の頃にはエルフィリーナともどもお参りに行ったこともある。
「一体何だろ?」
首を傾げつつも、現状何をすべきか、進むべき場所というものがない。
とりあえず行ってみよう。エディスはそう思った。
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