第2話 二手に分かれて

 セシエルのガイツリーン行きはとんとん拍子で決まった。


 一度、行くとなると数か月は戻ってくることがない。その間、エルリザやハルメリカで事件が起きても関与することができないだろう。



 ハルメリカで事件が起きる分には、ネミリーが勝手に解決するだろうが、エディスの周囲で起きた時にはそういうわけにもいかない。


 しばらく自分が不在になることを伝えておいた方が良いだろう。


 ということで、その日のうちにミアーノ家の屋敷に向かった。


「こんにちは」


 出迎えに来た叔母のマーシャに挨拶をする。


「叔母さん、しばらくエルリザを離れることになります」


「あらあら、セシエルはいつも忙しいのねぇ」


「そうなんですよ。養子の行き先は全く決まらないのですが……」


 そうした二、三のやりとりをしてエディスを呼んでもらう。


 おそらく部屋でゴロゴロしていたのだろう。エディスはすぐに降りてきた。普段通りの身軽な恰好だ。


「セシエル、どうしたの?」


「実はまたガイツリーンに行くことになった」


「ガイツリーンに?」


「王宮からの頼みで、ジオリスとエリアーヌにちょっとした手紙を持っていくことになった」


「えっ、ジオリスとエリアーヌに会いに行くの!? 何で一人で行くのよ?」


 暇なのだろう、エディスは自分も行きたいと言い出したが。


「今回の件は、スイール王宮の使いなんだけど?」


「それが何なの?」


「スイール王家の使いということだ。つまり、これを引き受けるということは、君が王妃になることを了承したと思われるかもしれないよ」


 八割以上はでまかせであるが、エディスは「げっ」と呻き声をあげて嫌そうな顔をした。


「そうかぁ、王家の使いだったら、私は行かない方がいいわね」


「そういうこと。この間みたいに腹が立ったから文句を言うなんていうことも、正使がやると大問題だ。君のせいでスイールとビアニーが戦争をすることになるかもしれない」


「そ、そこまでのことはしないわよ……」


 と言いつつ、エディスの目は泳いでいる。



 しばらくすると、ガイツリーンに行くことについては諦めたようだ。


「仕方ないわ、ハルメリカに行ってネミリーと遊んでくるか」


「それがいいよ。エルリザはしばらく色々揉めるかもしれないし、ね」


「揉める?」


「詳しくはフィネから聞いたらいいけど、修道院と王宮が揉めているみたいだ」


「修道院が?」


 エディスが驚きで大きく目を見開いた。


 どこまで理解されるかは分からないが、セシエルは状況を簡単に説明する。


「……ということで、修道院と王宮が今後賠償金を巡って揉め続けそうというわけ。ネミリーもセローフも賠償金を支払うことはないだろうし、ネーベル海軍にそんな金はないだろうし、ね」


 処罰をしたいというのであれば、引き渡しを求めることはできるかもしれない。ただ、その場合、資金はスイール持ちになるだろう。


 特にたいした話ではないと思ったが、エディスの顔が青くなった。


「……その沈んだ船に乗っていた人って、分かるの?」


「いや、分からない。修道院近くの市場が軒並み閉まっていたから、あの辺りで仕事していた人達だと思うけど、僕は正直、よく知らないし」


 エディスは若干震えている。紡ぎ出す声も震えを帯びていた。


「……そこに、姉さんの恋人がいるかもしれないのよ」


「……何だって?」


 セシエルはそこで、エディスの姉エルフィリーナが平民と懇意になったため、ミアーノ侯爵家の籍を外される形で修道院に送られたこと。更にその相手は船で商売をしており、資金を溜めてエルフィリーナを修道院から出して家をもつ予定だったらしいことを聞かされる。


 話を聞くうち、セシエルの表情も険しくなる。


「……そうか、君を跡継ぎにしたかったわけじゃなく、姉が勝手に降りたんだ。いや、しかし、船で商売していたというのは不吉だなぁ……」


 市場にいた者は全滅したと、数日前に会った少年は言っていた。多少大袈裟に言っているかもしれないが、市場の状況を見ると嘘とも言えない。


「もし、巻き込まれていたら、姉さんは一人になっちゃう……。聞きに行った方がいいかなぁ?」


「うーん……」


 非常にまずいことになった。


 エディスの気持ちは分かる。姉の恋人が死んだのであれば、何とかしたいという思いを抱くのは当然だ。


 しかし、スイール王宮と修道院の間に対立がある中、エディスが修道院に近づいて活動をするのはまずい。騙されるような形で修道院側に抱き込まれてしまう可能性がある。



(エディスを単独で調べさせるのはまずい)


 となると、方法は二つ。


 一つはネミリーにエルリザまで来てもらって、調査に協力してもらうことだ。ただ、ネミリーにとって全く得にならない話のために連れてくるのは気が引ける。


 もう一つは、先程までの話を撤回して、エディスをガイツリーンに行かせるということだ。


(エリアーヌもジオリスも友人だから、そこまで酷いことにはならないはずだが……)


 それでも、不安は不安である。



 結局、セシエルはネミリーに聞いてみることにした。


 幸いというか、エディスとネミリーは伝書鳩で手紙のやりとりを交わしているので、手紙はすぐに出せる。


 伝えて二日待ったところ、ネミリーからの返事が来た。


『一緒に調べるのは構わないけど、そういう事情ならセローフで聞いた方がいいと思うから、一度ハルメリカまで来てくれる?』



 確かにセローフにも情報があるだろう。


 エルリザで調べるよりも、セローフで調査した方が変なことにはならないはずだ。


 結局、セシエルは当初の予定通りにガイツリーンに向かい、エディスはハルメリカに行くこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る