第3話 エリアーヌの見る戦況・1

 エディスと修道院の件をネミリーに任せたので、セシエルは予定通りにエルリザから北周りでピレントまで向かうこととした。


 スイール王宮が抱えている快速船に乗って、大海原へと出る。


 ネミリーの抱えるヴァトナと比べると遅いが、10日ほどでピレントの港町ロメンに着く。



 南へ向かうこと数日、王都アッフェルに着いた。


「ほう……」


 アッフェルに来るのは一年ぶりだが、雰囲気が更に明るくなっている。


 聞くとこの秋は作物の実りが非常に良く、大豊作となっているらしい。


 食料が十分にあるとなれば、当然為政者への満足度も高くなる。エリアーヌへの評価も上々のようだ。


 自分と直接関係のあることではないが、少しばかりの満足を感じながら、王城へと向かう。



 入り口で身分を明かすと、すぐに王の間に通された。


 中に入ると、青を基調としたドレスを身にまとい、銀のティアラをつけたエリアーヌの姿がある。セシエルを見て笑顔を浮かべた。


「セシエル!」


「久しぶりだね、エリアーヌ」


 久しぶりの再会に自然とお互い笑顔になる。軽く抱擁をかわした後、セシエルはエリアーヌに勧められた席に座った。


「街で聞いたけど、大豊作なんだって?」


「そうなのよ」


「女王の政治が良いと、天候も味方してくれるのかな?」


 セシエルが褒めると、エリアーヌは苦笑して手を振る。


「そういうのではないわよ。でも、天候だけじゃないのは確かね」



 ネミリーが派遣してくれた顧問団が活躍し、農家に対する支援効率をあげたのだという。


「多くの人達が仕事に集中できる環境になって、更に天候も良かったから豊作になった部分は間違いないわ。やっぱりネミリーの部下の人達は半端ないわね」


「そうだね、ほぼ独力でネーベル海軍も追い払ったし、すごいよ」


「ただ、豊作になって余裕が出たから、ビアニーが軍を動かすことにもなったのよね……」


「なるほど……」


 豊作自体はピレントにとって良いことである。


 ただ、軍を動かすとなると、負担にもなる。二年前のネーベルへの攻撃でもピレント軍が帯同していたし、今回もそうなるだろう。


 しかも、今回の進攻先はステレアであり、その王都フリューリンクまで攻め寄せることになりそうだ。


 要塞フリューリンクを落とすのは一筋縄ではいかない。おそらくは長期にわたって攻囲することになるだろう。


 その長期間の食料が期せずして大豊作により確保できたわけだが、これが良いことかというとそうでもないようだ。


「ソラーナまで支配できてまだ半年くらいでしょ。ちょっと早いんじゃないかなとは思うのよね。まだソアリス王子も戻ってきていないし」


「確かにね。ただ、ソアリス殿下を待ちすぎても別の意味で機会を逸するかも」


「そうなの?」


「あの人、今、ベルティとハルメリカのあたりをうろついているから」


 ジオリスには話せないが、エリアーヌには話しても良いだろう。


「そうなんだ? バレたりしないのかな?」


「ツィア・フェレナーデって偽名を名乗っている。香水を使っていないから雰囲気は確かに違うけど、見た目はバレバレだからねぇ」


「でも、ソアリス殿下を知る人は南の方にはいないかもね」


「僕以外には、ね。それで笑えないのが、エディスが素性を知らないまま、結構気にしていることだ」


 エリアーヌは笑みを浮かべながらも驚いた。


「えっ!? エディスってソアリス殿下が気になっているの?」


「ソアリス殿下だとは知らないんだけど、ね」


 セシエルの言葉に「あれ、そうだっけ?」と首を傾げる。確かにピレントがビアニーに攻め込まれた時、エディスもやってきたから知っていそうには見えるが。


「知らないんだよ。エディスがここにいる間は許婚が急病とかで殿下は戻ってしまった。殿下が復帰してここに来た時にはエディスがスイールに戻っていた。ニアミスってわけ」


「教えてあげても良かったんじゃないの?」


「それが色々あってねぇ……」



 ソアリスの素性のこともあるが、エディスの素性のこともある。


 彼女がオルセナ王女であるかもしれない、という話はビアニーの勢力圏であるピレントでは口にしない方が良いだろう。エリアーヌとエディスが個人としては親友同士である、としてもだ。


「でも、サルキアよりソアリス殿下の方がエディスには向いているかもね」


 エリアーヌが意外なことを口にした。


「サルキアはエディスよりはしっかりしているけど、どっちかというと前のめりするタイプでしょ。エディスももちろんそうだし、2人そろってそうだとちょっと危険な気がする。ソアリス殿下はサルキアより冷静に見る人でしょ。好き嫌いは分からないけど、お互いの相性はそっちの方が良さそう」


「そうかもしれないね……」


 セシエルは曖昧に相槌を打った。


 何もないのなら、エリアーヌの言う通りかもしれない。


(だけど、場合によってはサルキアの100倍危険な存在になりえないからなぁ)



「……ま、ともかく、ソアリス殿下は南部を放浪しているし、薬も見つかっていないから、ひょっとしたら違う大陸に行くかもしれない。そうなると一年以上戻ってこない可能性もありうる」


 だから、ソアリスを待つのはビアニーにとって得策ではない。


 エリアーヌもそれは理解したようだ。ただ、それで考えを変えるかというと、そうはならない。


「ただ、それにしても時期尚早感はあるのよね……」

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