第10話 ビアニーへの手紙

 オルセナの喧噪から遠く離れたピレント王国王都・アッフェル。


 3月末、ジオリス・ミゼールフェンの下にステル・セルアからの手紙が届いた。



『親愛なるジオリスへ


 今回もセシルへの薬を送っているので、申し訳ないけど、別に添えてあるセシル宛ての手紙とともに渡してもらえるだろうか。


 今のところステル・セルアでの薬以上のものは見つかっていない。もう少ししたらハルメリカに行くつもりなのでそこで継続して探してみたい。



 詳細は説明できないけれど、今はオルセナの反国王勢力のところにいる。


 この手紙を書いているのは1月16日だ。明日か明後日には反国王勢力の軍とともに出撃するつもりだ。


 あまり期待され過ぎても困るのだが、ひょっとすると、オルセナ国王の一人息子ブレイアン・ロークリッド・カナリスを仕留めることができるかもしれない。



 仮に奴を討ち取れれば、老齢のローレンスには新たな子をなすこともできない。つまり、オルセナ王家の断絶が確定的になる。400年に渡るオルセナとの対立に終止符を打てる(ビアニーの完全勝利だ)。


 まさかセシルの薬を探す旅でこのような状況に出くわせると思わなかったが、これも神の導きなのかもしれない。


 ただ、繰り返しになるが期待されすぎても困る。


 俺自身、この可能性を考えるだけで非常に興奮しているし、ビアニー王家の誰もが成し遂げなかったオルセナ王家族滅を俺自身が成し遂げられるかもしれないと考えるだけでゾクゾクしている。


 ただ、戦いに勝てたとしても奴を殺せるという保証はない。残念なことに俺には常人を超えるような才能はないからな。



 おまえがこの手紙を見る頃には全てが終わっているわけだが、ビアニーの栄光のために、俺達に幸運があることを祈っていてほしい。



 追伸:以前おまえが言っていたエディス・ミアーノに会ったよ。正直、ビアニー軍三千を吹っ飛ばすなんてありうるはずないと思っていたが、本当にできそうな娘だった。三大陸一の美人というのも嘘ではなさそうだし、ああいう存在がいるんだと感心したよ。おまえが彼女のことを知っていて、衝突を回避できたのも神の導きと言えるかもしれないな。


 ただ、セシルにはエディス姫やシルヴィア姫に会っていたなんて言わないでほしい。変な心配をさせてもいけないから


 それでは。次の連絡を待っていてくれ。ソアリス・フェルナータ』



「すげえ、やっぱりすげえな……、ソアリス兄上は」


 ジオリスは音読をした後、手紙を再度眺め見て喜色満面、興奮した面持ちだ。


 その様子を見たエリアーヌは苦笑している。


「でも、まだ成功したわけじゃないんでしょ?」


 ソアリスがオルセナ国内の反政府勢力と組んで、ブレイアンを襲撃する計画を立てている。実際には2か月くらい以前の話なので、立てていたということだろう。


 ソアリスなら勝つだろう、ということはエリアーヌにも分かる。ただ、相手も馬鹿ではないから逃げるかもしれない。


「いや、ソアリス兄上は俺達とは違うから、そんなヘマはしないさ。それにエディスだっているみたいだし」


「本当よね」


 ソアリスがオルセナにいること自体に疑問はない。薬を探して移動していたのだろう。


 ただ、エディスがオルセナにいるという理由はよく分からない。


 レルーヴがオルセナに圧力をかけているという話があるから、それと関係があるのだろうか。よく分からない。セシエルも一緒にいるのだろうか。



「でも、もし、オルセナ王家が断絶したらどうなるのかしら?」


 王家断絶というのは中々物騒だが、実際にソアリスがブレイアンを殺害できれば、オルセナ王家の断絶は実現するだろう。


 750年以上続いてきた国と王家が断絶。


 それがどのような事態を引き起こすのか、エリアーヌには想像もつかない。


「俺にもよく分からんが、オルセナの中で次の王位を巡って争いが起きるんじゃないかな」


「確かに名門公爵家がいるみたいよね」


 国王家も古いが、その建国時から付き従っていた有名な公爵家も二つほどあったと聞いている。それらの権威は、十分に重い。


 しかし、その重みは大陸最古の公爵家としてのもので、国王となると違う。周囲は認めないだろうし内戦が起きるのは必至だろう。



「アクルクアの南部はレルーヴ以外ボロボロ。となると、ソアリス殿下が戻ってきてステレアさえ越えられれば一気に南を一掃できるかもしれないね」


「そうだな。ソアリス兄上とエディスが協力したのなら、セシエルのこともあるしスイールとの関係も上々ということになる。レルーヴだけでなくスイールとも組んで、アクルクアを三国で山分けってのも夢じゃなくなるな」


 ジオリスの夢は膨らんでいるようである。


 ただ、エリアーヌはどこか怪しくも思っていた。


 ソアリスとエディスのことを疑っているわけではない。


 それでもどこか「そこまでうまくはいかないんじゃないか」という疑念があった。

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