第5話 救出の是非

 ツィアはコスタシュ・フィライギスという人物には記憶がない。


 しかし、名前だけは聞いた覚えがあった。どこで聞いたか考えているうちに、弟ジオリスがイサリアに留学した際に一緒にいた人物だと思い出す。


(ということは、エディス姫とも一緒か……)


 その時いたメンバーの中にエディス・ミアーノやネミリー・ルーティス、セシエル・ティシェッティがいたということも把握している。


 セシリームでラルスの貴族が捕まる理由などほとんど考えられない。そもそもこんなところに介入する理由がない。仮に貴族としてうまくいかないにしても、オルセナに行くよりハルメリカなりセローフに向かった方が賢い。


 それなのにオルセナにいるということは、コスタシュにとっては富のある街に行くよりも得るものがここにあるということだ。もちろん、オルセナ王家についてのことになるだろう。


(……そう簡単に分かるものでもないと思ったが)


 シルフィの失言を聞き逃したとしても、セシリームに来てからの多くの情報がオルセナ王女の生存を指し示しているし、その方向が一本を向いている。


 むしろ、そう思わない方が不思議なほどだ。



(この盗賊達も中々に侮れない)


 ジーナは個人として抜けているところはあるが、リーダーとしてまあまあ信頼されているようだし、エルクァーテは察しも良いし中々の策士のようだ。


 ここに、来る前にシルフィにも説明していたネミリーやセシエルの存在を合わせると、オルセナ王女即位による国の再興は大いにありえそうだ。


(是非は別にして、期待されていたブレイアンは俺とコレイドが暗殺してしまった。となると、領民も熱狂的に新女王を迎え入れるだろうし、な)


 婚約者のいるツィアから見ても、エディスの美しさは別格だ。


 当然、オルセナの民衆も自分達の新しい女王に熱狂するだろう。北セシリームの弱体化した政府を南側が丸のみして、新しい新政権が誕生するに違いない。


 そうなるとツィアは、彼女の即位をアシストしてしまうことになる。


(そのけじめはつけないといけないだろうし、な)



 考えを巡らせている間、目の前ではジーナとエルクァーテが議論している。「助けに行くべきだ」と主張しているジーナに対して、エルクァーテは「見捨てるべきだ」と主張している。


「どういうことなんだ?」


 ツィアは眼前の問題に集中することにした。


「そもそも、何の偵察をしていたんだ?」


 オルセナ女王がいないにしても、客観的に見て南側の方に勢いがあるように見える。すぐに戦闘をするつもりもないようだし、余計なことをしなくても良さそうに見えた。


「……偵察というのは表向きで、あいつらは水上宮殿の中を調べようとしていたんだよ」


 エルクァーテが言う。


「水上宮殿か」


 年老いたオルセナ国王ローレンスのいる宮殿である。


 いくら弱体化していると言っても、そこだけはしっかり警備しているに違いない。


 この状況で偵察に入るのはあまりに迂闊と思えた。


「オルセナ王の象徴たる王冠などの装飾品を持ち出すという計画を立てていたらしい」


「アホか? そんなのはシルフィちゃんでも無理だろ」


 ツィアが同行者の少女を見た。


 シルフィも頷いて確かに、とばかり呆れたように肩をすくめる。


 彼女は光学的な魔法を駆使して自分を不可視にすることができる。しかし、あくまで自分と一部の素材(本人の服はこれでできている)だけであってそれ以外の素材までそうすることはできない。


 仮にオルセナの王冠を持ち出そうとした場合、本人が見えなくても王冠が勝手に動いているように見えるから発覚するだろう。


 いわんや、普通の人間なら言うまでもないだろう。愚か極まりない。


「内通者らしい者がいたらしいんだけど」


「なるほど、協力者を装われて、嵌められたというわけか」


「おそらくは。王冠などを盗み出そうとしていたとなれば当然死刑だろうが、相手にはめられた者を助けに行くほどには、我々にも余裕がない」


 救助隊を編成すると、その者達も危険に晒す。


 自分達の判断で勝手に忍び込み、捕まったのだ。処刑されるとしてもやむをえない。


 エルクァーテはそういうことを言いたいようだ。



「確かにそうかもしれない。しかし、女王陛下なら必ず助けに向かうはずだ!」


 ジーナが力強く主張した。


(エディス・ミアーノなら……)


 ハルメリカでの海軍との戦いを思い出す。


(確かに、仲間を見捨てることはしなさそうだな)


 仲間どころか、敵ですら不意打ちで皆殺しというようなことは避けようとしていた。結果として危うく殺されそうになっていたのだから世話がない。


 おまけに一緒にイサリアに留学していた関係だ。見捨てるはずがない。


(というか、ジオリスも人が良いから、こういう時は助けを出しそうだな)


 弟のことも考える。


 人がいいのは結構だが、深く考えない面々が多くて、溜息をつきたくなる。



 ツィアは頼れる少女に声をかけた。


「シルフィちゃん」


「何? 偵察に行くの?」


 察しが良いという点ではシルフィも負けてはいない。すぐに目的を察知した。ツィアは大きく頷いた。


「助けに行く、行かないは別にして、安全に幽閉場所だけ探しておこう。それに、ひょっとしたらもう処刑されているかもしれないし」


 既に処刑されているのなら、助けに行く、行かないを議論していても仕方がない。偵察だけならシルフィが失敗することはまずありえない。まず彼女に様子見させるのが良いだろう。


「分かった。急いで様子を見て来るよ」


 シルフィは頷いて、軽い足取りで駆けていった。



(この2人の決着には、特に介入しなくて良いだろう)


 ジーナとエルクァーテ、どちらの言い分もそれなりに理がある。


 変に入って、片方に不満を抱かせるよりは、とことんまで言い争わせて納得させた方が良さそうだと思えた。

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