第10話 療養の場所
ステル・セルア王宮がルーリー・ベルフェイルの支配に入ったという報告が来た時、アルフィム達は依然として東門近くのテントの中にいた。
「市街地の中に入って、戦闘に巻き込まれたりしませんかね?」
迎えに来た第一軍指揮官のロワール・フォルメウスに対して、ファーミルが問いただす。
ツィアは命には別条が無さそうではあるが、傷自体はかなり深い。しばらく起こさないまま安静にさせておいた方が良いと診断されている。ファーミルが「色々ストレスも溜まっていたでしょうし」と悪戯っぽく言われたことが何となく気にかかるが、アルフィムにとっても同感だ。
「大丈夫です。敵兵らしき者がいないことは間違いありません」
ロワールの返答に、ファーミルは納得しない。
「ツィアを狙撃した男もどこかにいるはずなのですが?」
「……それは」
口ごもるロワールを、ここではアルフィムが擁護する。
「……まあ、彼はベルティのこともツィアのこともどうでもいいのでしょうから、その点では警戒しなくてもいいのではないでしょうか」
既にファーミルから刺客の素性についても説明を受けている。
彼が目的を達成するためには、ツィアではなく、自分を襲うことになるだろう。
それならそれで良い。ツィアの分も含めてやり返してやる、そういう思いがある。
「……まあ、そうですね。そこまで言われるのなら」
ファーミルが折れた。
アネット軍にしても、変に自分達の機嫌を損ねても何も良いことはない。大丈夫だ、と言ったからにはそれなりに根拠があるのだろう。
ファーミルも考えを切り替えて、予想外の早期陥落をほめたたえる。
「城壁を破壊したとはいえ、これだけあっさりと勝利したのは凄いですね」
「諜報部長が色々と布石を打っていたようですから」
「そうなのですか」
ファーミルは首を傾げつつ、「まあ、ステル・セルア側は全体として動きが鈍すぎましたからねぇ」と納得した。
攻められる側が攻める側の何倍も兵力を有しているのに、迎え撃つことなく城まで来させた時点で、大きな欠陥があったのだろう。
(3年前のアッフェルの時は、弱い側が迎撃してそれも滅茶苦茶だって話になったけれど、強いはずの軍がずっと籠城するのもおかしな話だものねぇ)
城内に向かうことで話がまとまったので、馬車の荷台にツィアを乗せ、救護隊がステル・セルアの東門から街の中央にある王宮に向かう。
「広い街ですね」
「そうですね」
アルフィムとファーミルは市区を見ながら呑気に話をする。
ステル・セルアは中央に王宮があり、そこから東西、更に斜めの四方向へ大きな通りが通っている。
それぞれの区画は市場、官庁街、住宅地で構成されており、民族や出自などで住む地域が変わってくるという。それぞれの区画に住む人間は、別の区画に行くことはないらしい。
(分かりやすいけれど、それぞれ対立しそうな図式ではあるわよねぇ)
敵に攻め込まれた時も、自分達の区画のことだけ考えて、他については我関せずになりそうだ。
およそ20分ほど歩くと、王宮らしい建物が見えてきた。
王宮自体には改めて感想を抱くことはない。彼女が今まで見ていたエルリザの王宮やイサリアの王宮と基本的には似たような作りをしている。
シルフィが近寄ってきて、馬車の方を見る。
「ツィアさん、撃たれたんだって? 大丈夫なの?」
「傷は深いけれど、重要な場所には当たっていないから大丈夫だって。王宮でもう一度診てもらえるのかしら?」
アルフィムの何の気ない問いかけに、シルフィがやや慌てたような顔をする。
「あ、王宮というか……」
その後ろから、聞きなれない女性の声がした。
「彼は、フンデのコミュニティで診ることにします」
という声とともに、エマーレイの背後から長身の女性が現れた。自分より少し年上の少しくすんだ金髪に翠色をした、白を基調としたさっぱりとしたドレスが清楚な印象を受ける女性である。
その女性がアルフィムに頭を下げる。
「初めまして、お名前は伺っております。アルフィム・ステアリート様、いや、エディス・ミアーノ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「あ、初めまして。えっと、貴女は……?」
向こうはこちらを知っているようだが、アルフィムは何者か全く分からない。ただ、シルフィもエマーレイも彼女を知っているようだ。ついでにツィアのことも知っているらしい。
「エディス姫も恐らく名前だけは聞いたことがあると思いますが、シルヴィア・ファーロットと申します」
「シルヴィア……」
確かに名前は知っている。
別に知りたくもないが、自分も含められているアクルクア三大美少女の1人として知られている存在だ。
戸惑っているうちに、シルヴィアはテキパキと指示を出していく。
「医師の手配も済んでいますし、現状、ステル・セルアでもっとも安全な場所であると思いますので、ご安心ください」
「えっ、いや……あ、はい……」
穏やかだが有無を言わさぬ口調に思わず頷いてしまい、その間にエマーレイが「こっちだ」と馬車の案内を始めてしまった。
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