第2話 イサリア魔術学院
その夜、セシエルはエルリザの東にあるミアーノ侯爵家の応接室に座っていた。
彼の正面には、エディスの父親で、自分にとっても叔父のような存在であるハフィール・ミアーノが座っている。見覚えのある白いシャツ姿だ。公式の場以外では、大抵この恰好をしている。
「すみません、僕がそばについていながら……」
セシエルはまたまた頭を下げる。
結局、エディスは一か月間の停学処分ということになった。
その本人は母親の部屋に呼ばれている。どんな話をしているかは分からないが、このミアーノ夫妻がエディスに甘いことはよく知っている。叱られるとしても軽いものだろう。
「セシエルのせいじゃないよ。話を聞いた限り、仕方ない。しかし……」
ハフィールは処分自体には不満はないようだが、セシエルの話に懐疑的な様子である。
「どうにも分からない……」
「何が、ですか?」
「君の話を聞く限り、エディスは殿下を投げ飛ばしたり、蹴っ飛ばしたりしていたというじゃないか」
「そうですね。投げ飛ばしたのは僕も見ています」
「あの子はどこで、そんな技術を教わったんだろうか?」
「えっ!?」
今度はセシエルが驚く番だ。
ハフィールは武芸の達人として知られている。だから、てっきりエディスは父親から護身術として教わっていたのだろうと思っていた。実際、数年前まではからかいの度を超して、いじめられていたのだから疑う理由もない。
しかし、今の話からすると、ハフィールはそうした技術を教えていないようだ。
「親の僻目かもしれないが、エディスは大人しくしている分には百合のような細く愛らしい子だ。背丈があり、重い礼服を着ている殿下を豪快に投げ飛ばすなどできないと思うのだが……」
「それはそうですね……」
父親も、大人しくしていないエディスは困った存在だということは認識しているらしい。
「ハルメリカで誰かに教わったのだろうか。ネミリーはともかく、ネリアム君は武芸達者なようだし……」
首を傾げていたが、何か気づいたようで立ち上がった。書棚に向かい、資料のようなものを手にする。
「それは……?」
資料の表紙は、エルリザでは見ないものであった。
「魔術学院の資料だよ」
「魔術学院?」
セシエルは目を丸くした。
魔術学院といえば、大陸の東部・ラルス王国の都イサリアにある魔術学院のことに他ならない。
大陸の中で唯一、魔道の研究を進めている場所であるのはもちろん、純粋な教育機関としてもトップである。
「毎年5月から7月まで、国外からの留学生を受け入れているというのだ。停学になったのなら、いっそこちらに行かせた方が良いかもしれないな」
「えっ?」
信じられない、という声が出た。
エルリザのギムナジウムでダメなのに、それよりハイレベルな魔術学院でやっていけるのか。単純にそう思ったのである。
(あぁ、でも、エルリザだと不仲というか、昔、いじめられて根に持っている連中が多いから、一々ギスギスしているかなぁ。普通にやれば変わるんだろうか……)
エディスのギムナジウムでの姿を思い起こす。
授業中寝ている姿、いじめる相手側についていることもあるが一々教師に噛みついている姿、きちんと勉強しているエディスの姿は思い出せない。
(でも、エルリザの外にいる方が、もう少し気楽にできるのかもしれないなぁ)
「3ヶ月足らずで金貨100枚は少なくない出費だが、申し込んでみるか」
「エディスを行かせるんですか?」
「根拠はないんだけどね、エディスを見ていて、剣術やら体術が得意なようには見えないんだよね。それでいて殿下を投げ飛ばしたり蹴っ飛ばしたりしているのは、むしろ魔法的な力なのではないか、という気がしている」
「なるほど……」
「とはいえ、エディス一人で行かせるのも心配だ。費用はミアーノで出すから、セシエルも行ってくれないだろうか?」
「えっ、僕ですか?」
セシエルは驚いた。
「もちろん、ハルメリカにいるネミリー・ルーティスが同行してくれるのなら問題はないのだが、最近父親の体調が良くないから、彼女がハルメリカの市政を管理しているらしいからね」
「なるほど。それじゃ、僕が行った方がいいんでしょうね」
「行ってくれるかい?」
「家を継げる見込はゼロですからね」
ティシェッティ家は王家に続くスイール最大の名門ではある。
しかし、セシエルはその三番目の息子である。
ティシェッティ家を継げる公算は低い。
だから、養子の先を探さなければならないが、そのためには「彼を迎えたい」と思わせるだけの能力がなければならない。
魔術学院への留学は、セシエルの立場を考えれば、悪い話ではなかった。
もちろん、興味もある。魔道がどんなものであるかということ。
そして、ハフィールが言うように、エディスの体格に比して強い力は、魔道の力によるものなのかどうかということも。
だから、あまり迷うところはない。
「エディスが行くなら、僕も行きますよ」
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