第5話 真珠の樹・1
「だから言ったのにさぁ……」
セシエルは大女の叫び声を聞いて、ハアと大きな溜息をついた。
盗賊の多い地域なのだから、盗賊同士の喧嘩だって普通にありうるだろう。襲われているから必ずしも善人と限らないのがこのオルセナという場所だ。
冷めたセシエルと対照的にパリナは大慌てだ。エディスの護身のためについてきたのに、人質にされてしまったのだから当然といえば当然である。
「ど、どうしましょう?」
「どうしましょうと言われても……」
セシエルはネミリーから貰った小杖を手に取った。
「エディスもろとも2人を吹っ飛ばすことくらいはできるかもしれないけど……、相手だけ吹っ飛ばす器用な真似は、僕には無理だからね」
それが出来るのはエディスだけだろう。
自らの軽率さゆえに捕まったのである。何とかしてもらう必要はない。
「何、お前達も盗賊だったのか!?」
一方、セシエルの目の前ではフィネーラが鮮やかなほど騙されている。
「ハハハハハ! こうも簡単に引っ掛かるとはな。にしても、細いのに勇敢な嬢ちゃんじゃないか」
大女が捕まえているエディスに嘲るように笑う。姿勢的に顔は見えないようで、もう1人の女がちらっと覗き込んだ。この女も大女と比較すると低いし細身に見えるが、身長にして170は超えている。灰色の髪をポニーテールにした女で、正直見映えは良くはない。
「わお! ジーナ、こいつはとんでもない上玉だよ!」
「本当か!?」
「本当だよ。ベルティに売りさばけば、すごい値がつくだろうね。でも、この髪と目はどこかで……?」
灰色髪の女が首を傾げる。
「あのぉ……」
その間にエディスが鈴のような声を出す。
「何だい、嬢ちゃん?」
「私は騙されたということでしょうか?」
「そうだよ! あんたのように簡単に騙されてくれると、芸のやりがいがあるというものだねぇ!」
女が大声で叫び、エディスが思わず目を閉じる。
「……じゃあ、吹っ飛ばす!」
「何……うわっ!? 熱っ!」
ジーナと呼ばれた大女がエディスを掴んでいた右手を離した。その右手を今度はエディスが掴む。
「せめて!」
エディスが大きく振りかぶると、ジーナの巨体が浮き上がる。
「体くらい洗ってから来なさーい!」
叫ぶと同時に腕を振った。抱え込んだジーナの体が宙を舞い、「うわーっ!」という悲鳴とともに近くの池に放り投げられる。
「全く……」
エディスは顔をしかめて、唖然としているもう1人の女を見た。
ほぼ同じタイミングで、一度散開していた他の連中が戻ってきた。
「全員、女かよ?」
フィネーラが驚きの声をあげるが、セシエルは引き続き冷静だ。
「オルセナみたいな危険な場所だと男だと警戒されるだろうからね。むしろ女の盗賊の方が仕事をしやすいのかもしれない。ただ」
全員そうだというのは中々驚きである。
しかも、全員武器の扱いには慣れているようで、それぞれ素早い手つきで手斧なり短剣なりを取り出す。同じ手斧でもフィネーラの持つ煌びやかなものではないが、殺傷力という点では十分だろう。
「驚いた。可愛い顔して、結構な怪力なんだね。しかし、この人数を相手にできるかい?」
灰色髪の女が言い終わる前に、エディスが右手を小さく振った。
と同時に、突風がエディスを中心に吹き込んだ。
「うわーっ!」
女達の何人かが吹き飛んだ。唯一残っているのは灰色髪の女だけであるが、吹き飛んだ仲間を見渡し、信じられないという表情を浮かべる。
エディスと灰色髪の女が正対する。フィネーラは残りの連中が戻ってこないように目を光らせている。
「残りは1人みたいよ?」
エディスの問いかけに、灰色髪の女は苦笑した。
「分かっているよ」
「逃げるんなら、無理して追わないけど?」
池からようやく這い上がってきたジーナの方をチラッと見て、エディスは相手に停戦を促す。女はフッと微笑を浮かべた。
「その方が賢そうだね。あんたはカチューハに行くのかい? 身内に会いに」
「……身内?」
エディスがけげんな顔をした。灰色の女も、あれと拍子抜けした顔をする。
「あんた、カチューハ族の『真珠の樹』の系譜に繋がる娘なんだろ?」
「何、それ?」
エディスは警戒を解かないまま、セシエルの方をチラッと見た。
「困ったら僕に頼るのは勘弁してほしいんだけど……」
「仕方ないでしょ。真珠の樹なんて聞いたこともないし」
「僕も知らないよ」
何でもかんでも頼るな、という顔をしつつもセシエルが考えを口にする。
「一つ考えられるのは、君の髪と瞳をスイールでは全く見ないことだ。となると、君の血筋の中にはスイールの外の人も含まれていて、それはそこの女が言う真珠の樹とかいうものなのかもしれない」
「なるほど……。私の先祖にオルセナの人がいるわけね」
「心当たりがあるの?」
「いいえ、全く」
エディスの即答に、セシエルだけでなくパリナも前の壁に頭を打ちそうになる。
「父さんと母さんと姉さん以外にどんな人がいたのか全然知らないし。だから、そういう人がいたのかもしれない」
良くも悪くもエディスは何も知らない。
そして、あまりそこに変な先入観も交えない。
スイールの侯爵家たる私の先祖に、こんな危険な地域の変な人なんかいるわけがないなんていうつまらないプライドを持つこともない。
ひょっとしたら、先祖の1人がいるのかもしれないなぁ、と気楽に考え、眼前の灰色女をどうするか、迷った。
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