第6話 ステル・セルア城内

「あっ!?」


 鐘楼の上で、ティレーは思わず舌打ちをした。


 仕留めたと思った瞬間、ツィアが標的の少女を突き飛ばし、そのまま自らが矢を受けてしまったのである。予想外、と言わざるを得ない。


 外した石弓を投げ捨て、既にセットしてある予備の石弓を手にしようとする。30キロはあろうかという重量級のものだが、ティレーにとってはそれほど苦になるものではない。


「うおっ?」


 しかし、その瞬間に標的だった少女が視線をあげた。


 青い瞳をしていたはずだが、一瞬赤く光ったようにも感じられる。


 ティレーは石弓から手を離し、慌てて鐘楼から降りる階段へと駆けこんだ。


 本能的に逃げなければ、と感じた。



 それは正しかった。


 直後、大きな崩壊音がして、鐘楼の塔全体が揺れる。


 先程まであったはずの壁やら鐘がなくなっている。7、800メートルある距離から、魔力で鐘楼の最上階を破壊したらしい。


「……マジかよ。とんでもない姫様だな……」


 さすがに逃げるしかない。


 逃した獲物の大きさを痛感しつつ、ついでにソアリスが死なないことを願いつつ、ティレーは鐘楼を駆け下りた。



 下に降りた時点で、外にいるアネット軍の動向は分からなくなる。


 しかし、東側の城壁が破壊されたことから、そこから雪崩れ込んでくることは間違いないだろう。城壁を破壊された防衛軍の士気は一瞬にして地の底まで落ちているはずで、とても抗戦はできないだろう。


「ま、どこかに隠れてやり過ごすか」


 ステル・セルアの南側は完全に海に面している。


 北にアネットの本軍がいて、東から侵入されている。夜に海へ逃げるのは無謀なので、逃げるなら西のみだが、相手もそれは対策していそうだ。


 となると、どこかの建物の中か、ステル・セルアの隅の方でやり過ごすのが賢そうだ。


 アネットの軍は数が少ない。相手の混乱に乗じて、一気に中枢を制圧するつもりでいるだろう。戦略的に価値もない街の隅の方にまで部隊を割く余裕はない。


 安全な場所が分かっているので、しばらくステル・セルア内部の様子を観察することにした。



 まず目についたのは、南側からの一部の兵士達だ。


「城内に侵入された!」、「もうダメだ! 逃げろ!」と叫んでいるが、と言って当人達は逃げているわけでもなく、あちこちを走り回りながら似たようなことを叫んでいる。


「なるほど、内部にもアネットに通じている連中がいたということか」


 ステル・セルアは大きな街であるし、中部のアネットほどではないにしても様々な民族が住んでいる。


 一部の民族が造反行為を行ったとしても不思議ではない。


「おっ?」


 ティレーの目の前を大柄な男が走っていった。自分よりも更に背丈が大きい。


「面白そうだな……」


 元来、戦闘好きな男である。あの男を捕まえて、軽く一騎打ちしてみたい気持ちにもかられたが。


「とはいえ、ビアニーから来ていることがバレると色々厄介だからな」


 今の男ほどではないにしても、自らもかなり大柄で目立つ体格をしている。


 目立つ行動まではするべきではないだろう。



 大通り近くで様子を見ていると、程なく東側から足音が聞こえてきた。


 アネットの旗を翻した二千人あまりの部隊が宮殿の方向へと走っていく。本来ならば迎撃すべき部隊がいてしかるべきであるが、ステル・セルアの兵士達が集まってこない。


「……これはあれか、動員していた連中は城門のあたりで軒並み腰を抜かしていて、その他の連中は未だに自分の持ち場にへばりついているのかもしれないな」


 元々、広く人口の多い王都である。王都内部で戦闘を繰り広げることは計算されていないだろう。


 とはいえ、城内に敵軍が入り込んでいるのにまるで対応できていないのはお粗末というよりほかない。城壁を魔法で破壊するというのは予想外だろうし、アネット軍の城内進攻からの動きも素晴らしいが、それを差し引いてもあまりに酷い。


「結局のところ、末子も宰相も、ベルティを治めるだけの器ではなかったということか」


 同時に、ベルティは今後、アネット領主ルーリーが中心となるだろうことも意味している。


 ティレーはその先のことを推測する。


「ベルティがある程度統一されれば、ステレアへの支援が強化される。となると、フリューリンクはますます落とせなくなるが、ソアリス殿下はそれでも良し、ということか。まあ、現状のネーベルを見ているとステレアまで望むこと自体が無理な相談とも言えるわな」


 人材という観点でも、兵力という観点でもプラスとなる要素がなかった。


 いや、もちろん、ソアリスの復帰というプラス要素はあったわけだが、それを上回るプラス要素が相手側に入ったのも確かだ。ホヴァルト王ジュニス・エレンセシリアと、アルフィム・ステアリートである。


「……となると、現状のネーベル維持をしっかりするしかない、ということだろうな」



 しばらくたたずんでいると、北の方から走ってくる者がいる。大声で「北門も突破された!」と叫んでいる。


 魔法がない北門も突破されてしまったらしい。


 あるいは勝ち目がないと、守備兵が逃げ出してしまったのかもしれない。


 ティレーは頭をかきながら、ステル・セルアの隅の方へと移動を始めた。

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