第5話 切り札の交錯
翌朝、ツィアはアルフィム、ファーミルとともに第一軍と共に東門の方へと移動を始めた。
第一軍の指揮官はロワール・フォルメウスという29歳の男だ。
背が低く、少し小太りで風采は上がらないが、前王カルロア4世がもっとも評価していた指揮官であったらしい。
実際、移動のさなかにも部隊指揮官と城内に入った後の話を細かく行っている。
ツィアもロワールに一つの要請を出す。
「城壁の上からアルフィムが狙撃されると作戦が破綻しますので、少し近くの兵を動かすことを認めてもらっても良いでしょうか?」
アルフィムの不在は作戦全体に齟齬をきたす。それはベルティ軍の全員が理解するところであって、当然ロワールもその例に漏れない。
「構いませんよ」
あっさりと了承するだけでなく、実際に近くまで来て、「君達に関しては、この私の指示よりも優先して、この三人に従うように」と命令も出す。
早朝8時に出発し、昼過ぎには東門近くに着いた。
「ファーミル、城壁の上に狙撃兵がいないか探してくれ。俺は北側を探すから、あんたは南側を」
「分かりました」
アルフィムは魔道に集中するとアテにならないので、その前にティレーの有無を確認する必要がある。
北から接近するので、まず北側から見ていくが、そうした男はいないようだ。
念のため、馬に乗せた護衛兵をアルフィムと城壁の間に置いて、射線を塞ぐように工夫もこらす。
いよいよ城門近くに着いた。
「表向きは城門を攻撃する準備をせよ」
ロワールが指示を出し、軍が引っ張ってきた攻城槌を前に移動させる。城門に激しく衝突させ、破壊させようというものだ。
もちろん、それはダミーであって、本命は。
「アルフィム姫、お願いいたします」
城門への攻撃を行うと思わせておいて、その横の城壁を破壊し、そこから一気に雪崩れこもうというものである。
「分かりました」
アルフィムは城門から300メートルほどの距離に立ち、目を閉じて魔力を溜め始める。
その間もツィアは城門の上から、城壁の上を見渡すが、依然としてそれらしいものはいない。
(城壁の上にはいないのか? しかし……)
城外の別の場所から狙うことは難しいだろう。第一軍の他の兵達がいる。
(まさかこの中に紛れ込んで……)
ティレーの体術なら、兵士の1人を倒して、そいつになりすますことも可能だろう。ただ、見てくれはともかく体格まで変えることはできないはずだ。
幸か不幸か、近くにはティレーを思わせる強靭な体格をしたものはいない。遠くから駆けつけて斬りかかるというのは、隊形をきちんと組んでいる中では難しいはずだ。
「ファーミルさん、火の要素をなるべくなくしてもらって良いですか?」
集中しながら、アルフィムが要請を出す。
「分かりました」
アルフィムがもっとも大きな魔力効果を方法は、空間の火を使い切って、大きな雷を発生させることだ。ホヴァルトでジュニスが軒並み使い切った時には物凄い威力のものを飛ばしていた。ファーミルの魔力ではそこまでは引き出せないだろうが、それでもないよりはサポートがあった方が良いということだろう。
ファーミルも別の作業に没頭しはじめたため、ツィアは1人で警戒の役目を果たす必要があるが、見渡す限り、ティレーの姿はない。
(俺の考えすぎだろうか?)
ツィアは首を傾げた。
と、同時にアルフィムが少し城壁の方に近づいていく。射程距離の問題もあるので、なるべく近づきたいのだろう。
盾を構えた護衛が彼女と城壁の間の壁になるように前へと走り出す。
ツィアも城壁の様子を確認しながら、ついていく。
およそ100メートル近づいた。
そこでアルフィムが「はあっ!」と凛とした声を出す。
たちまち200メートル先にある城壁の下から緑色の光が輝きだす。
「な、何だ?」
城壁の上にいた兵士達が下を覗き込む。この中にもティレーはいない。
「ええええいっ!」
アルフィムが右手を振り下ろした瞬間、緑色の雷光が城壁の上に降り注いだ。
ドーンという凄まじい爆発音とともに煙があがる。
数秒ほどして、それが晴れてくると……
「じ、城壁がなくなった!?」
城内の軍からは悲鳴が、外の軍からは歓声が上がる。
(うまくいったか……それにしても常識が通用しない存在だよな……)
ツィアは城壁の向こうのステル・セルアの中を見た。
(あっ!)
その時、城壁の少し向こうに鐘楼があることに気付いた。
気づいた、というのは語弊がある。距離がありすぎることと、城壁の付近に集中していたため、見落としていたという方が正しい。
城壁よりも遥かに高い。40メートルはあろうかという高さがある。
距離は800メートルほどはあるだろうか。
遠い。
だが、高さがあることと、ティレーの膂力なら、あるいはこの距離からでも……
鐘楼の付近が一瞬キラッと光ったように見えた。
「まずい!」
「きゃっ!?」
ツィアはアルフィムを突き飛ばした。
その直後、強烈な衝撃とともに右胸のあたりに焼けるような痛みが走る。
「ツィア!?」
アルフィムの叫び声が微かに聞こえたような気がした。
(あの距離から届くのかよ……本当にバケモノだな……)
呆れた感情とともに、ツィアは意識を失った。
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