第11話 戦場経験の差

「エマーレイ、みんな」


 エディスが立ち去った後、ツィアは味方に声をかけた。


「申し訳ないが、皆はこの場を死守してくれ」


 言われた側は「当然でしょ」という顔をするが、同時に疑いを露わにする。「そういうあんたは、どこに行くつもりなのか?」と。


「恐らくエディス姫は俺達のサポートをするつもりなのだと思う。だから、戦況は多分有利になる」


 サンファネスでの一事を思い出す。


 エディス・ミアーノはあの見た目からは想像もつかない力を有している。


「とはいえ、数百、千という相手に戦う経験はないはずで、万一のことが起こりかねない。そうなった場合非常にまずい」


 エディスの魔力はとてつもないが、とはいえ、こうした戦場における経験は少なそうに見える。


 それが命取りになりかねない。


 エディスが負傷したり、最悪死んだりすればどうなるか。


 ネミリー・ルーティスは理不尽な思いを抱くような人間ではないが、それでも「親友を守れなかった面々」としてツィア達200人のことを評価する可能性がある。


 自分のことなら仕方ないが、その悪印象がベルティの第四王子ルーリーに対しても及ぶかもしれない。それは非常にまずい。


「だから、エディス姫のボディガードにつく必要がある。申し訳ないが、皆はここを守っていてほしい」


「分かりました」


 ツィアの意図を理解した兵士達は頷く。


 エマーレイも言葉なく頷いた。



 ツィアは上陸地点を離れて、エディスを探そうとしたが、速度の差がありすぎて姿かたちが見えない。


 そこで鎖が引いてある小高いところを目指した。


 エディスは魔力を使って何かをするつもりだから、恐らくは見晴らしの良い場所に行くはずである。


 案の定、その場にいた。海中を眺めているが、ツィアの目には真っ暗で何も見えない。


 彼女は手を伸ばして何かつぶやいている。


 しばらくすると、一瞬光って大きな花火のようなものが沖に向かった。続いてボンッと何かが壊れるような音がした。沖合の方から怒号のような声が聞こえてきたから、どうやら船に攻撃を加えたようだ。


 程なく、浅い海底に船が衝突するような音がした。


(何をしているんだろう?)


 色々と訳が分からない。


 真っ暗な海の中で船をどうやって把握しているのかがまず分からないし、船に対して何をしたかも分からない。


 ただ、音からすると、船は座礁したようだ。一度の破壊音でそこまでさせたということは、船の急所を効率よく破壊したようだ。船尾の舵だろうか。



 エディスは続け様に何発か魔力の球のようなものを打ち出した。


 それが次々と命中して、やはり座礁しているようである。


 絶好調のようだが、ツィアには気にかかることがあった。


(船だけ攻撃して、船員は無視しているのだろうか?)



 船には当然、ネーベル兵がかなりの人数、乗っているはずだ。


 ネーベル兵は海に慣れている。もちろん、いきなり船が沈んでしまう事態には慣れていないだろうが、それでも船が沈んだだけで戦意を失うとは限らない。


 むしろ、船から強制的に下ろされたことで、攻撃された方向まで泳いでいく者もいるかもしれない。鎖は船には有効だが、泳ぐ人間なら回避することもできる。


 エディスはそう思っていないのだろう。船を沈めてしまえば、相手は戦意を喪失して降伏するか逃げると考えているようだ。


(そういう部分は甘いというべきだろう。ただ、三大陸一の美姫とまで称される侯爵家の姫がここで相手を皆殺しにする人間性を持っていたら、それはそれでまずいし、仕方ないだろうけど……。ただ……)


 エディスは破格の才能をもつが、やはり甘さがある。


 そうした部分を考えれば、誰かしら専属の戦闘要員をつけるべきであるはずだ。恐らく、ネミリー・ルーティスも戦闘の細かいところまでは分からないのだろう。エディスの才能なら任せて大丈夫、あるいは移動力が速すぎてついていけないから、護衛をつけても無駄と考えているのかもしれない。


 いずれにしても、今後改善すべき点だろう。



 自分が元いた地点の方を見た。


 船が沈んだことで意気上がっているのだろう。


 何人かが小舟に乗って、弓矢を浴びせている。



「これで最後」


 エディスが呟いた言葉が聞こえた。


 最後ということは、相手の船が最後ということだろうか。確かに八回か九回、船が座礁するような音が聞こえている。相手の船が10隻くらいならそろそろ全滅だろう


(この短時間で全部沈めるとはとんでもないな……)


 感心した瞬間、奇妙な音が耳に届いた。


 エディスの背後に動く気配を見て、思わず声が出た。


「エディス姫、伏せろ!」


「え、えっ?」


 エディスは戸惑いの声をあげたが、言われたまま頭を屈めた。


 黒い影が見えたと同時に、ツィアは迷わずダガーを投じて、エディスの方に走り出す。


 ひょっとしたら敵ではないのかもしれない。しかし、この戦場で、しかもキーマンとなっているエディスの背後に回ろうという時点で、敵であると看做すしかない。


 ダガーに魔力を加えて加速させると、正確にエディスの頭の少し上を通過し、相手に突き刺さった。


「ぐわ……がっ……」


 男は呻き声を漏らし、そのまま後ろに音を立てて倒れた。

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