第10話 援軍か報告か

 灯台から飛び降りたエディスはまっすぐ市街地の南へと向かっていった。


 ハルメリカは小さな突き出た半島全体が市街地となっている。主として南側が港となっているが、そこは鎖で封鎖されており、半島の付け根部分から南側に川の下流がある。そこにツィア・フェレナーデ達が率いる200人の兵が待機していた。


 川の下流域なら多少難があっても上陸が可能だと言われている。


 だから、エディスはその付近にいるツィア・フェレナーデを探した。



 すぐに見つかった。河川の堤防の上側にテントを張っている部隊がいる。


 そこに銀色に赤色のメッシュを入れた青年の姿もあった。河川敷の堤防の上に簡易な椅子を置いて、河口となる海側をぼんやりと眺めている。


「ツィアさん!」


 エディスが叫ぶと、ツィアも振り返った。


「エディス姫?」


「こっちにかなりの敵が来るはずです!」


 ツィアは一瞬、「敵が来る?」と目を丸くしたが、すぐに平静さを取り戻したようだ。


「分かりました。ありがとうございます」


 エディスの説明も受けて、頭を下げた。


 いきなり頭を下げられてエディスは面食らったが、次の言葉に更に面食らう。


「我々はここで時間稼ぎをしますので、市庁舎から援軍を募ってください」


「え……? それはシルフィちゃんとパリナさんがやっているから大丈夫よ。あの2人は私よりしっかりしているし。手伝えることがあったら手伝うけど?」


 援軍はそう遠くないうちに来るはずだから、協力して守った方が良い。魔力に自信のあるエディスはそう申し出たが、ツィアはすぐに首を横に振った。


「大丈夫です。我々が持ちこたえるので早く援軍を導く手助けをしてください」



 ツィアの言葉に、エディスは首を傾げた。


 ここにいるのは200人程度である。仮にネーベル船が10隻たどりつけば数倍の兵士が降りてくる。守り切れるにしても、数的劣勢だと相当な被害が出ることが想定される。


 それなら、上陸前に一隻や二隻でも沈めておいた方が有利ではないだろうか。


 ツィアはサンファネスで自分が魔力を解放している場面を見ている。この局面でそれを最大限に発揮する方法を教えてもらいたいという気持ちがある。長い付き合いではないが、セシエルと同じくらいには物事が見えている人だという実感があるから尚更である。


 短時間で到着するはずの援軍を重ねて呼びに行くよりは手伝ってくれ、と言われる方が性に合っている。


「私、多少のサポートはできるけど?」


「無用です。変に介入される方が余計守りづらくなります。早く援軍を呼んでください」


 ツィアが言い、無言のエマーレイも頷いた。



 納得がいかない。


 魔力を全力で放てば、数隻の船は沈められるはずだ。そうなれば相手が半分前後となる。


 それを拒否して、全ての相手を迎え撃つというのは理解できない。


 サンファネスで色々教示してくれたツィア・フェレナーデという人物は援軍を拒否してまで戦うことを選ぶような愚か者ではないはずである。


(でも、確かベルティの第四王子の使者だったっけ?)


 理由となるのは、彼の立場だ。


 彼はネミリー率いるハルメリカに通商を求めてきた。ただ、ベルティ第四王子とすれば通商というのは建前でできれば全面的な協力をしてほしいだろう。


 ひょっとしたら、危険な場所を引き受けて、自分達に大きな被害を出すことでネミリーに恩を売ろうとしているのではないか。エディスはふとそう思った。



(その方がひょっとしたら将来的に良いのかもしれないけど……)


 エディスには政治的な立場はない。


 ネミリーが立つ立場を全面的に応援する以外の選択肢はない。


 しかし、仮にツィアとその一団がベルティの第四王子の立場を良くするために、わざわざ死ぬ道を選んだとなると座視していられない。


 ネミリーは基本的にその場の出来事で簡単に心を動かすことはない。死者が出たから政策を変えるようなことはしない。


 しかし、ハルメリカを守るために友軍が全滅したとなれば、話は別だろう。彼らを邪険にすることはハルメリカの為にならない。だから、多少損になるとしても、彼らの信義に答えざるを得ない。


(でも、それを座視して見ていたら、私の立場がなくなるじゃない!)


 ハルメリカ市長代理……実質的には市長であるネミリーの権限は大きい。それにネミリーはアクルクア大陸で一番の富豪でもあるから、彼女が本気になれば大抵のことはできる。


 だから、彼女を動かしたいという思いのために決死の行動をする者がいても不思議ではない。


 しかし、自分が「助けようか?」という申出をしたのに無視されて、その対象が自分の前で死なれるというのはエディスにとって寝覚めが悪すぎる。


「……分かった」


 ツィアの申し出に対してはそう答えて、エディスは市庁舎に向かうフリをした。


 途中の物陰で、計算する。


 シルフィとパリナが灯台から市庁舎に伝えに行っているはずで、どのくらいの時間がかかるか。


 自分が市庁舎まで向かって、改めて呼ぶのにどれくらいの時間がかかるのか。



 それほど変わりがない。


(だったら、ここで数隻沈めた方が絶対に賢いよね)


 エディスはそう思った。


 だから、鎖で封鎖されている港の少し北側付近に待機して、敵船が来るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る