第9話 スクランブル
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
エディスの言葉にシルフィが反応した。
「ほとんどの船が東側に動き出したの」
動き出したとは言っても、もちろん直に見ているわけではない。魔力の粒子をばらまいて、その乱れによって行動を推測している。
「ということは、砂地で待つハルメリカ主力の方に押し出されているということじゃない? 優勢ってことよ」
「……だけど、10隻くらいの船がその場に待機しているみたいなの。交戦地点の少し南側あたりにいたはずの10隻が動いていない」
多くの船が東側に動いている。
しかし、南の方に奇異な感覚があった。そこに移動してきた船は確かにあったはずなのに、東に動いていない。動いている気配を感じないということは、待機しているということだ。
「南側……」
シルフィが双眼鏡を使って、必死に戦場を探る。
「あ、でも、もしかしたら、私の気のせいとか勘違いかも?」
「いや、それはないと思う」
エディスの迷いを、シルフィは即座に否定した。
「お姉ちゃんなら簡単な計算を間違えることは普通にありそうだけど、そこにいた気配とかそういう動物的な勘は確かだと思うから」
「そうですね」
パリナもすぐに同意した。
褒められているのか馬鹿にされているのか分からないエディスは、少し不満そうな顔で2人が双眼鏡で見渡している様子を眺めていたが。
「……あっ!」
その時、魔力の粒子に新しい感触があった。
「10隻ほどの船が、南に向かっている!」
「南!?」
2人が驚いた。
10隻の船が突然南に向かった。これは由々しき事態である。
ハルメリカ海軍の船がそのような動きをすることはあり得ないからだ。南側にわざわざ向かう船がいたとすれば、それは敵船である。
ハルメリカの南側は、周回が難しいということで警護を手薄にしているところだ。
一応、客将であるツィア・フェレナーデとシルフィの兄エマーレイがいるが、大軍ではない。
船10隻となると、1000人弱の兵士が乗り込んでいる可能性がある。南側にいる兵士は200人くらいだったはずで、かなり多い。
とはいえ、どうしてそんなことが起きたのか。
確かに外は暗い。海上は灯台からもほとんど見えないのだから、船上からはより見づらいだろう。
それでも、ハルメリカ船団には船のエキスパートが揃っているはずだ。敵船を見落とすということはありえないはずである。
ありえないはずと思いつつも、エディスには一つの可能性が思い当たった。
「ハルメリカじゃなくてエルリザの船団だったら見落としたかも」
今回、セシエルとエディスだけでなく、エルリザの有志も参加している。
その代表がフィネーラで、彼はハルメリカ防衛隊長のエルブルスと共に迎撃船団の指揮をとっていた。
フィネーラは船にそれほど慣れているわけではないし、細かい気が回らないところがある。何人かついている部下にしても、エルリザで訓練は積んでいるが、夜間の交戦からの追撃というような訓練を十分に積んでいるとは思えない。
敵船の一部が逃げ出した際に、全部が逃げたと勘違いをして追撃にかかった可能性がある。
その結果、たまたまエルリザ船の近くに残っていたネーベル船が、誰からも見つかることなくその場に残った。
彼らはどうするか、ほとんどの船は東側に向かっていった。南側から上陸しようと考えても不思議はない。
「それだけの船が向かったら、南側にいる兵力だと足りないかも!」
シルフィの叫びを聞くまでもなく、エディスにも良くない事態だということは分かる。
そして、エディスの頭はすぐにとるべき手段を見出していた。
「私は南に伝えに行くから、シルフィちゃんとパリナさんはこのことをネミリーに伝えて!」
ルーティス邸の近くにはセシエルが市内警備にあてている兵力がある。
これを南側に回せば、何とか太刀打ちできるだろう。
「分かった!」
即座にシルフィが答えを返してきて、パリナも応じた。こういう時の反応も中々早い。シルフィは年少で小さいが、色々と頼りになる娘らしい。
「それじゃ、私は先に行くわね!」
エディスは灯台からピョンと飛び降りた。「えぇーっ!?」という悲鳴のような声が上から聞こえるが、風を下から吹かせて落下速度を落として、そのまま降り立つ。
後はいつもの通り、ひたすら走っていくだけだ。
灯台の上から、シルフィとパリナが唖然とした様子で下を眺めていた。
「……あの人って、本当に人間なの? 美人ぶりも人間離れしているし、実は伝説の魔族だったりしない?」
「……ホヴァルトの方に関係があるとは聞いたことがないのですが」
あまりにも非常識な行動に首を傾げながらも、2人は灯台の階段を下に走って降りていき、そのまま市街地の中央へと向かっていった。
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