第8話 情報局長の出迎え
ベルティ中央部・アネットまではまた5日ほどかかるが、3日もするとルーリーの勢力圏に入る。
「あれ、誰かいる……?」
アルフィムが先の方を見て声をあげた。
それに従い、ツィアも前の方を見るが、特に何も映らない。
ただ、彼女は魔力の粒子を細かく刻んで放出し、先の方にいる敵を察知できることは知っている。その方法で気づいたのだろう。
(周辺を確認しているということは、ティレーが近づけば分かるということではあるな)
弟ジオリスにアルフィム暗殺を依頼されたビアニー最強の戦士であるティレーはまだ姿を見せていない。
いつ、どのように攻撃を仕掛けてくるか分からないのは不気味であるが、アルフィムが遠い距離からの敵の接近を察知できるのは大きい。
「前方には何人くらいいるんだ?」
もっとも、先回りして待ち伏せしている可能性もある。相手が1人ならば警戒を強めないといけないが。
「5人か6人はいるみたい」
「そうか」
それなら、ティレーでは無さそうだ。
「一応、あたしがちょっと見てくるよ」
シルフィがそう言って姿を消し、前方へと走り出すが、一時間もしないうちに戻ってきた。
「アネットの見張りみたい」
「とすると、メミルスだろうな」
「メミルス?」
「メミルス・クロアラントと言って、宰相の四男だ。諜報部門を任されていて、国境や他国のことも調べている。おそらく、俺達がベルティ国内を動いていることを知って、待っていたのだろう」
説明をするが、アルフィムの思考は「宰相の四男」という部分にフォーカスされているようだ。
「宰相というと、あの何人も奥さん抱えている人ね」
「そうだね。結果として、各陣営に息子達がいることになる」
ブルフィンの子は男子だけでも9人いる。
今回の王位継承者の中ではフェネルの陣営以外には誰かしらがいるはずだ。
「……ということは、誰が勝ってもクロアラント家自体は生き残るというわけね?」
アルフィムがムムッと眉を顰める。
敵対する両勢力に兄弟がそれぞれつき、どちらが勝っても勝った側が負けた側を最大限救おうという話だ。
多くの妻を抱えて、好き放題やって、どの勢力にもつけるのが正しいなんてことが認められることは気に入らないようだ。
「そうなるね。お互いを助けるという約束もしているかもしれないけれど、メミルスは父親のことをあまり好いてはいないみたいだな」
「そうなんだ」
「というより、宰相の下半身はどうしようもないが、息子達の中にああいうタイプはいないらしい。もちろん、そうした年齢に達していない息子もいるし、これから生まれるかもしれない息子もいるかもしれないが」
とりあえず、メミルスは女よりも仕事を、秘密を暴くのが好きな性格ということは分かっている。
2キロほど進んだところに、メミルスが確かにいた。その背後に4人の衛兵がついている。
「お待ちしておりましたよ。ツィア・フェレナーデ」
小柄なメミルスが恭しく頭を下げる。
ツィアは髪をかいた。メミルスとの関係は自分の方が上だった。生まれも半年ほど早いし、自分がビアニー王子であることも知っているからだ。
ただ、ここでメミルスを格下に見ると怪しまれることになる。
恐らく、メミルスはそうしたことを理解したうえで、わざと敬語を使ったのであろう。嫌な性格をしているものである。
「お久しぶりです。メミルス様」
なので、ツィアも今回は丁寧語を使う。
メミルスは一瞬、目を見開いた。「うふふふ」と妙な笑いを浮かべて、「ま、いいでしょう」と勝手に頷いた。
「おっと、自己紹介をしていなかった。私はメミルス・クロアラントと申しまして、ここアネットで情報局長を務めているものです」
「情報局長? ということは、私達のことも調べていたの?」
アルフィムの問いかけに、メミルスは更に恭しく頭を下げる。
「はい。我々はフリューリンクの情勢も調べていますので、皆様が城を救い、ベルティに向かったことを知っていましたし、当然いずれアネットに来るだろうとは思っておりました。我が主ルーリーもお待ちです。どうぞ着いてきてください」
「分かりました」
すいすいと話が進み、街道を東に進む。
「……我々を尾けてきている者はいなかったか?」
小声でメミルスに尋ねた。落ち着き払っているが、聞いた一瞬だけ「何のことだ?」という顔をしたのはうかがえた。ティレーのことには気づいていないようだ。
「我々が把握する限りではそうした者はいないですね。何か気になることでもあるのですか?」
「……暗殺者かもしれない奴が、ついてきているかもしれないんで」
「ほう、彼女を狙うんですか?」
メミルスの視線がアルフィムへ向けられる。
「そうだ」
「……中々物騒な話ですねぇ。アネットに厄介ごとを持ち込まれるのは勘弁願いたいものです」
「俺達が持ち込みたいわけじゃないんだよ」
何とかできるのならしてくれ。
ツィアは目で訴えるが、メミルスは巧妙に合わせないように進み続けた。
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