3.ビアニーへ
第1話 ソアリスの許婚・1
フリューリンクでステレア女王、ホヴァルト王、自称ピレント女王の会議が開催されていた頃、セシエルは反対側の西に向かっていた。
元々、セシエルがガイツリーンに派遣されたのは「ビアニーがガイツリーンを支配する前に挨拶をしておいた方が良いのではないか?」というステレア王宮の意向に従ったものである。そうなると、グリンジーネにいるビアニー王に挨拶に行く必要があり、ジオリスの紹介状も携えて西に移動していたのである。
「戻る頃には開戦しているかもしれないけどね」
向かう途中、セシエルは独り言を口にした。
アッフェルのピレント軍、パリンのビアニー軍、バーリスのネーベル軍に弱小2国の軍ともに編成は完了しているという。グリンジーネに行って、滞在して、戻る間の20日後にはもう出陣しているだろう。
「まあ、それは後から追いかけても良いわけだし」
ビアニー軍の進軍に対して、ステレア軍が迎撃してくることはないだろう。
故にフリューリンクを攻囲するまでに戦端が開かれることもないはずだ。
西に向かい、ビアニー領に入って進むこと7日。
中部の街フェルナータへと到着した。
現在はツィア・フェレナーデとしてレルーヴやベルティを放浪しているソアリス・フェルナータの本拠地である。
「殿下の許婚はどんな人なんだろう」
ソアリスがいない以上、街には興味がない。
ただ、ソアリスの許婚セシル・イリードには興味があった。
病弱なので会わせてくれる保証はないが、街の中へと入る。
フェルナータはそれほど大きな街ではないが、ビアニーの王都グリンジーネへ至る最後の砦とも言える場所なので城壁は高い。高いと言っても、噂に聞くフリューリンクの25mという高さには及ばないが、その半分くらいはあるだろう。
ただし、城壁はしっかりしていても、そこにいる人間達の防衛への意識はそれほど高くない。セシエルは身分証と紹介状を準備して城門に近づいたが、何も言われることなくあっさりと通された。
中に入ると、普通の街である。
ビアニーは高原地帯にあり、農業よりは牧畜が盛んだという。そのため、街の中に農地らしい場所はなく、街の規模に見合った市場があるくらいだ。
領主館は街のど真ん中にあった。セシエルはジオリスの紹介状を見せて、中に入れてもらえないか頼むと、門番が「あぁ、スイールのティシェッティ家の」と応じた。
「僕のことを知っているの?」
「はい。以前、自分の義兄になるかもしれない人だと言われていましたので」
「あぁ……それか」
ソアリスが彼にとって姉にあたる王女との婚姻を主導していたことを思い出した。
(あれを受けたら、今頃僕がネーベルの支配者だったのかねぇ)
そうなると、ガイツリーンの情勢も色々変わっていただろう。盗賊団が国に強い影響を及ぼすことも国軍の大半を占めるということもなかったはずだ。
フリューリンクへの攻撃ももっとシンプルにいったかもしれないし、ソアリスの評価を考えればジオリスではなく自分が指揮官になっていたのかもしれない。
(まあ、それはそれでビアニー内の政争に巻き込まれそうだ……。自分にとって良かったのかどうかと言われると微妙だよね)
そんなことを思いながら、中に入った。
領主館の応接室で待たされると、30過ぎの特徴のない男が入ってきた。ソアリスの副官で現在は領主代理を任されているらしい。
ただ、セシエルはこの男にはあまり興味がない。
「殿下の許婚とお会いしたいのですが、可能でしょうか?」
要望を伝えると、相手は目を丸くした。ただ、ソアリスの客人ということで無下にできないと思ったのだろう、「本人に聞いてくる」と部屋を出た。
しばらくの間、セシエルは一人で待たされる。窓から外を眺めていると、ロナルトと名乗ったソアリスの副官は屋敷を出て、通りの反対側にある屋敷へと入っていった。セシルはその建物にいるようだ。
10分ほどして、ロナルトが屋敷を出た。そのまま戻ってくる。
「構わないということです。ついてきてください」
ロナルトの案内を受け、向かいの建物に入った。
「うわ……」
入るなり、強烈な薬草の臭いが鼻をついた。
建物は主の部屋以外は全て同じ空間で賄われているようだ。厨房も洗濯も、従者たちの寝所も全て縦長の広い部屋に収まっている。その厨房で薬草を煎じているようで、部屋中にその刺激臭が漂っている。
セシエルは戸惑うが、ロナルトを含めた家人は全員慣れているようで、眉一つ動かすところがない。
そんな空気の中で、ロナルトは奥に向かった。一つだけ扉がある。この奥にいるのがセシルだろう。
「失礼いたします」
ロナルトはノックを2度して、扉を開けた。開放されているのだろう。
セシエルも続いて中に入った。
部屋の奥に大きなベッドが置かれており、そこに横になっている少女がいる。
病弱というが、比較的体つきは丸みを帯びている。見た目ではそこまで弱いようには見えない。ただ、疲れた表情に、肌にはりついた髪には苦労を感じさせる。
(確か婚約時にはビアニーで一番の美少女だったというけれども……)
不快な印象はないが、といって美人という印象は受けない。病気で疲れきっており、かつ化粧などもしていないからやむを得ないのだろうか。
「お会い出来て光栄です。セシエル・ティシェッティと申します」
内心はおくびにも出さず、セシエルは大きく頭を下げた。
セシルが僅かに笑みを見せて小さく頭を下げる。
「セシル・イリード・ヒーエアです。ソアリス様の客人であれば、出向かなければならないところ、わざわざ汚れたところまでご足労いただきまして申し訳ございません」
「いえいえ、とんでもございません」
短い挨拶だが、セシエルにはこの少女の魅力……というより、ソアリスがかいがいしく面倒を見ている理由が分かったように思った。
(彼女は病弱な自分に罪悪感を抱いていて、本当に申し訳ないと思っていてその気持ちが伝わってくる。僕でも気の毒に思うわけだから、殿下はもっとそうなんだろうな……)
いわゆる自分が支えてあげないといけない、放ってはおけないという気持ちになるのだろう。
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