第5話 ガイツリーン三国交渉・2
しばらくはルビアが自説を披露する。
質の低いネーベル軍はステレアの集落を襲うだろうから、それを細かに記録し、ベルティやレルーヴで広めてビアニーの評判を落とすというものだ。
リルシアは渋い顔をしている。
「人の国のことだと思って気楽に言ってくれるわねぇ」
「気楽ではないけど、どうせ守るわけでもないのでは?」
「……」
余計に渋い顔になった。図星ということだろう。
ステレア軍を全部動員しても、ビアニー・ピレント・ネーベルの連合軍の3分の1程度にしかならないうえに、大陸最強と呼ばれるビアニー軍がいる。
野戦ではとても勝ち目がない。フリューリンクに籠城する以外に道はない。
口先で何を言っても、守れないものは守れない。
「私達ホヴァルトが総力をあげれば、集落の一つや二つは守れるかもしれないけれど、全体を考えるとあまり意味のある行為とは言えない。彼らの犠牲を無駄にしないように活用するのが良いのではなくて?」
「……そうね。倫理にはもとるけど、効果が見込めることは否定しないわ」
「ステレア女王はベルティ王家の一族だから、ベルティに広めるルートはあるでしょ? レルーヴの方は、ホヴァルトでどうにかするわ」
レルーヴの人間はほぼ認識していないだろうが、ホヴァルトの南西部はレルーヴ東部と面している。
降りていく気になれば、レルーヴ側から降りることも可能だ。レルーヴでビアニーとネーベル軍の非道さを喧伝しつづければ、レルーヴの対応も変わるかもしれない。
ただ、話が難しくなってきたせいか、エイルジェが大きな欠伸をした。
「あたしは休んでいるわ。後は勝手にやってちょうだい」
と、まるで自分が主であるかのような物言いをして出て行った。
ジュニスは呆れたような顔をして、エイルジェが先程まで座っていた席に視線を向ける。
「ステレア女王、あいつがここにいる意味はあるのか?」
リルシアにストレートに聞いた。
ジュニスはピレントを歩いていたこともあるので、エイルジェが嫌われていたことを知っている。
エイルジェ本人は第一王女ゆえに正統性を主張したいのだろうが、彼が知る限りピレントはほぼエリアーヌ寄りだ。セシエルも明らかにエリアーヌ側に立っていたし、どう考えても分が悪い。
リルシアもそれは分かっているらしい。
「まあ、個人としては、ね。ただ、ビアニーに対抗する以上、勢力として受け入れるしかないのよ」
エリアーヌがビアニーの支配下にいる以上、ビアニーに反対するうえではエイルジェを受け入れるしかない。そうすることで、他の反ビアニー勢力も受け入れるという意思表示にはなるということのようだ。
「それは分かった。次は籠城がうまくいく見込みだ。実際、どのくらいもつんだ?」
フリューリンクに籠城して、どのくらいもつのか。
城塞の高さを考えると簡単には落ちないだろうということは理解できる。しかし、ステレア軍が城を撃って出ることができない以上、現状、ビアニー軍を攻撃する術がない。
ピレントという食糧庫を確保しているビアニーである。その気になれば長期間の攻囲も可能なはずだ。
「食料という点では問題ないわ。魚も取れるし、農地も十分に確保しているし」
「そんなに広いのか」
「どうしてこんなに広いうえに堅牢な要塞を作ったのかは、女王である私も知らないけどね」
フリューリンクが要塞化したのは200年以上昔のことらしい。当時はベルティが北に侵攻することを恐れていたと言われているが、確かなことは分からない。
少なくとも、リルシアや前王が生まれた頃には、フリューリンクはとてつもない要塞となっていた。それが事実だ。
堅牢さを信じているのだろう。表情に不安な様子はない。
守るだけなら、いつまででも守れるという自信はあるようだ。
「……そうなると、援軍が来ない限りは敵味方の兵士の根気勝負になってくるのか」
「あとはビアニーの工兵隊がどれだけフリューリンクの城塞に傷をつけられるか、でしょうね」
「なるほど……」
根気勝負なうえに、相手の工兵隊が色々やってくるとなると、やはり不利である。
ベルティやレルーヴに働きかけて、援軍を呼び込む必要がありそうだ。
「陛下、そろそろ政務の時間です」
話を続けている中、宰相のグランドリーが時計を確認してリルシアに進言した。リルシアは「もうそんな時間ですか」とびっくりした様子で反応し、ジュニスに頭を下げる。
「申し訳ありませんが、しばらくこちらの仕事がありますので、また夕食の時にでも話をしましょう」
ジュニスも鷹揚に頷いた。
「いいぜ。大体、方針は決まったし、後で細かいところを決めれば良いんじゃないか。それじゃ、俺達はしばらく散策させてもらう」
そう言って、ルビアとユーギットとともに王城の外へと出た。
王城の外に出たジュニスは、フリューリンク全体を見渡す。
王城から下へと緩やかな坂が続いている。フリューリンクの中では、この王城がもっとも高い場所にあるらしい。街全体を見渡すことができる。農地があるとも言っていたが、確かに広い。よくもこれだけ広い敷地に、これだけ高い城塞を積み上げたものだと感心する。
「ふむ……」
ジュニスは西を見て、自分達が下ってきたマルブスト川を眺めて、次いで東を見た。
「なるほどなぁ」
ジュニスは城門や王城の作りを見て一々頷いている。
「そんなに熱心に見てどうするというの?」
ルビアが首を傾げながら尋ねた。
「今しか見られないかもしれないだろ」
「今しか?」
「そうだ。ビアニーに勝てた先には、今度はステレアと戦うこともあるかもしれないだろ。仲間になっているうちにこの大要塞の弱点をチェックしておいて損はないさ」
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