第4話 ガイツリーン三国交渉・1

 門に入ってすぐ、馬車が三台待機していた。


「どうぞ」


 というグランドリーの案内に、ジュニス達も馬車に乗る。


 乗るとすぐに移動を始めた。中々の速度で移動しており、すぐに王城が見えてきた。王城と言っても、外の城壁の高さが凄すぎるので中にある建物はさして凄いものには見えない。


 ともあれ、馬車は王城の庭に停止し、そのまま中庭から応接室らしいところに連れていかれた。



「ここでしばらくお待ちください」


 グランドリーはそう言って、城の奥へと入っていった。


「うーん、これがもし罠だったら面白いな」


 絶対敵地に封じ込められ、周囲は敵ばかりである。そんな状況を想像して、笑みを浮かべるジュニスに妻とユーギットが呆れ笑いを浮かべる。


「……そういうことを想像できる陛下が羨ましいわ」


 そう答えた時、奥の廊下から足音が聞こえてきた。



 先頭に立ってやってくるのは、ステレア宰相グランドリー・ストーニャである。


 そこに引き続いて2人の女性が出てきた。


 ジュニスは違和感を覚えた。先頭の中背の女性は随分質素な服を着ているが、茶色い髪にティアラのようなものをつけている。その後ろにいる大柄の女性は、かなり派手な服を着ていて、これまたティアラをつけている。


 そして、最初に挨拶をしたのは先頭にいる地味な女性の方だ。


「ようこそフリューリンクへ、ホヴァルト王」


「……あんたがステレア女王リルシア・アルトリープか?」


「そうです」


「そうすると後ろにいるのは誰なんだ?」


 その質問を予想していたのだろう、リルシアと名乗った女性は億劫そうに振り返り、紹介する。


「……ピレント王国の元王位継承権者エイルジェ・ピレンティです」


「あぁ、なるほど……」


 ジュニスも頷いた。


 以前、ピレントを歩いていた時にセシエルからピレント王国の王族についての説明は受けていた。


 我儘放題で逃げ出した第一王女の代わりに、誠実な第二王女が残って、そのまま女王として認められたということを。


「ビアニーが怖くて尻尾巻いて逃げた王女ってわけか」


 ジュニスの軽い物言いに、当然エイルジェの眦が吊り上がる。


「はぁ!?」


 エイルジェが荒い声をあげる。雰囲気が悪くなったと見たのだろう、ルビアが頭を下げた。


「失礼いたしました。ホヴァルトの魔族は山上で育ったため、少々礼儀を欠くこともありますが悪気はありませんのでお許しください」


「……だそうです、エイルジェ殿下。今は危急の時ですので、細かい物言いは許してあげなさいな」


 リルシアも仲介に入る。


 ステレアに逃げ延びているだけに、リルシアを敵に回すと放浪しなければならないだけだ。エイルジェは忌々しいという顔をしつつ、引き下がるが、ルビアを見て毒づいた。


「ハン! 高い山々に暮らす魔族共は生活レベルが乏しいからチビしかいないのね」


 ルビアは無視しているフリをしていたが、ジュニスの耳には小声の反論がしっかり聞こえてきた。


「……頭に行く栄養を無駄遣いしてブクブク丸くなっているから、国を失うのよ、愚鈍」


 ジュニスはユーギットと顔を見合わせた。


 本気になれば、この場を制圧することは訳がないが、エイルジェとルビアのやりとりに介入するのは得策ではない。ジュニスはそう理解した。



 同じく無視しているリルシアとともに、応接室に入り向かい合う。


 ジュニスはまず、自分の素性を疑わないのか聞いてみた。


「俺がホヴァルト王だと言って、特に証も立てていないけど信用するのか?」


 リルシアは苦笑する。


「正直、完全に信用しているわけではないわ。ただ、本当のホヴァルト王以外に、ここフリューリンクでホヴァルト王と名乗る人がいないだろう、というのもあるわね」


「なるほど……」


「それに過去の資料を紐解くと150年前にも当時のエレンセシリア族長がフラッとフリューリンクに現れたと記録にもあったわ」


 なるほど、とジュニスは頷いた。


 衛兵が中に入ってから結構時間がかかっていたのは、記録を調べていたらしい。


「マルブスト川を下るとすぐなんでね」


「確かに、マルブスト川は西側に行けばホヴァルトの山々の方に行きますね」


 リルシアも納得したようだ。



 続いて、話題は本題へと移る。


「それでホヴァルト王がフリューリンクまでわざわざお越しになられた理由は?」


「もちろん、対ビアニーに関することだ」


 リルシアとグランドリーが背筋を直す。


「俺はビアニーのこともちょっとだけ知っているから、ステレアとホヴァルトがくっついただけで簡単に勝てない相手であることは知っている。ただ、一国で立ち向かうよりは二国で戦う方が賢明だろう?」


「否定しません。しかし、ホヴァルトがわざわざ私達ステレアにつく理由は何なのです?」


「それはもちろん、弱い方にくっついた方が勝った時に儲かるからだ。俺達みたいな小物がビアニーについても、もらえるのはステレアの街一個くらいだろう。だけどステレアにくっついて勝ったら、ネーベルとピレントくらい貰えるかもしれないからな」


「何ですって!?」


 エイルジェが噛みついてきた。


 ジュニスは「うざい」という顔をして、無視しようとしたが、「陛下」とルビアが耳打ちしてくる。


「この馬鹿の国ならいつでも取れるから、ここは認めておきましょう」


「……お、そうか」


 ジュニスも納得して、エイルジェに頭を下げる。


「確かに、150年続くガイツリーンの絆にヒビを入れるような真似をして申し訳なかった。ピレント王国の王位は大いに尊重されるべきであり、ホヴァルトが口を差し挟む問題ではない。つまり」


 味方してネーベルを貰えるならば、上々である。


 ジュニスは真顔でそう説明した。

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