第2話 前進するなら、とことん前進
セシエルの話は憶測ではある。
彼の予想は大きく外れることは少ないが、的中するかというとそうでもない。
だから、「禁呪云々がオルセナ軍に伝播しているかもしれない」という言葉を真に受けない方が良いかもしれない。
とはいえ、砦にいるという2000人が、本隊でない軍に虐殺されたというのは言われてみれば不審だ。
考えているうち、エディスは自分が騙されたのかも、という推測に行き当たる。
「もしかして、セシリームの子は私を騙したのかしら?」
「いや、それはないと思う」
セシエルは一瞬考えて回答した。ほぼ即答に近い。
「君がフードをかぶっているのなら、相手にはエディスの素性を知る由がない。その相手にとって、全く知らないだろうエディスを騙す意味も価値もない」
「言われてみれば、そうか」
「だから、その子達はコレイド地区の代弁者だろうとは思う。ただ、オルセナ軍の側には相当な魔道士がいる可能性が高い。エディスがもう一度、その子と話すのなら、その部分をしっかり聞いた方がいいと思う」
「う~」
エディスはうめき声をあげながらしなやかな黒い長髪をかきむしる。
「私はそういうのが苦手なのよ」
「そんなことを言われても、君みたいに跳ぶように移動するのは僕達には無理だし」
しっかりと聞き込みをしたいなら、ゆっくり移動してセシエルやエルクァーテを待つしかない。急ぎたいなら自分で何とかするしかない。
そうした二択を与えられると、エディスは待つのが苦手だ。
「……分かった。その部分を意識して聞いてみる。他に何か聞いた方がいいことはあるかしら?」
「その子のリーダー格についてかな。聞いている限りでは、コレイドの人間でも、オルセナの人間でもないように聞こえた。ということは、僕達のような第三勢力が入ってきていることになるけれど」
セシエルは首を傾けた。
「今のオルセナにそこまで多くの人が入り込むことがあるのかな、とは思う。もちろん、エディスがオルセナ王女だということが確定していたら別かもしれないけど……」
「ただ、それにしても東からは来ないだろ」
コスタシュが続いた。
「正直、オルセナ王家がどうこうというのが一番気にかかるのはレルーヴとトレディアだ。例えばサルキアやらトレディアの人間が必死になるなら分かるが、東からというのは解せない」
オルセナが宗主国としての顔が出来るのは独立国を含めても、ビアニー、バーキア、レルーヴ、トレディアと全て西側の国である。
「そこは気にしていても仕方ないでしょ。とりあえず聞いてみる」
色々分からないことがあるが、ここで話していて解明されることでもなさそうだ。
大体話がまとまったので、そのまま北に、再度セシリームに向かうことにする。
「でも、その前に少し眠ることにするわ」
と、馬車の中に入っていったが。
7時間後、目を覚ましたエディスは再び北を目指した。
走ること数時間でセシリームに着き、再度フェマリン川の川辺に向かう。
橋の下にシルフィの姿があった。手持無沙汰な様子を見ると、本当に戻るかどうか疑わしい自分を、それでも待っていたようだ。
「戻ってきたわよ」
エディスが声をかけると、シルフィはまず唖然と口を開き、次いでムスッとした顔を向ける。
「お姉ちゃん、こんな短時間で、本当に仲間のところまで戻っていたの?」
可愛くない返事だかムキになっても仕方ない。当たり前でしょ、と言いつつ聞きたいことを尋ねる。
「色々聞きたいことがあるのだけど、まず、アロエタって街で2000人が殺されたという方法を聞かせてもらえないかしら?」
セシエルは、とんでもない魔道士が関与しているのではないかと恐れていた。
その部分をまずは突き詰めることにする。
シルフィは頬のあたりを二度掻いた。
「あたしが見たわけじゃないのよ。見たのは兄ちゃんと、ツィアさんで。ただ、実際に街らしいところは真っ黒こげに焼けていたし、死体らしいものもあったわ。それは滑稽な話と思われるかもしれないけど、あの臭いが嘘なんて思わないもの」
予想外に感情的になったシルフィに、エディスは戸惑いつつ話を続ける。
「ち、ちょっと待って。疑っているわけじゃないのよ。ただ、オルセナ軍がそういうことをしたとして、どういう方法だったのかと私の同行者は知りたがっているの」
「……それはあたしには分からない。サンファネスにいる兄ちゃんかツィアさんに聞いてもらわないと」
「なるほど……」
エディスも納得した。
セシリームで単独行動をしているのは中々大胆だが、シルフィはまだ少女である。おそらく自分よりも年下だ。となると、お兄ちゃんとツィアという人物は、シルフィにあまり辛い思いをさせたくないのだろうから、現場には立ち会わせなかったはずだ。そのうえで多少危険だがシルフィの能力なら何とでもなりそうなセシリームでの調査を任せたのだろう。
となると、実際に起きたことを知るにはアロエタかサンファネスに行ってコレイドの人間に聞くか、シルフィの言うお兄ちゃんなる人物かツィアなる人物に聞くしかない。
「うーん」
エディスの直感は「それなら行っちゃえ」であるが、ネミリーやセシエルがいたならば絶対に止めるだろう。
しかし、2人はこの場にはいない。この場にいない相手に遠慮する必要はない。
「ま、いっか」
エディスはシルフィに尋ねる。
「コレイド地方の行き方を教えてくれる?」
と。
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