第3話 手紙を持って

 シルフィは明らかに迷う素振りを見せたが。


「うーん、まあ、何かダメな人っぽいけど悪人ではなさそうだし……」


 と、仕方ないという様子でコレイド地方への道を教えた。


「それじゃ、早速」


「ち、ちょっと待った!」


 シルフィに呼び止められ、エディスは立ち止まる。


「手紙も持たずに行って、喧嘩するつもりなの?」



 いきなり知らない人間がやってきて、「シルフィに会ったから、話をさせろ」と切り出す。


 相手がそれを信用するか、100パーセントありえない。「シルフィに会った証拠でもあるのか?」という反応になるに決まっている。


 せめて手紙でも書かないことにはどうにもならないだろう。


「そうか、そういえばそうね」


 納得するエディスと裏腹にシルフィは小声でつぶやいた。


「ダメだ。ダメ過ぎるわ、この人……」


「何か言った?」


「何でもないです。お姉ちゃんの名前は?」


「名前? エディス・ミアーノよ」


 シルフィの手がピタリと止まった。


「エディス・ミアーノって……、もしかして三大陸一の美少女って呼ばれている、あのエディス・ミアーノ?」


「……そんな風に言われてもいるみたいね。私が言っているわけじゃないけどね」


「……ちょっとフード取ってみせて」


「えぇ?」


 セシエルだけでなく、ネミリーにもフードをかぶったら絶対に外すなと言われているので、抵抗はある。ただ、シルフィは一応味方だろうから、仕方ないだろう。フードを取った。


 シルフィの目が点になる。


「……本当みたいね。この見た目なのに、中身がねぇ……」


「……何か言った?」


「言ってませーん」



 シルフィから『セシリームで話をしたけど、悪人ではないと思う。話をして、あとはみんなで判断してほしい』という手紙を書いてもらい、エディスは早速シルフィから教わった通り、南東への道を目指した。


「誰か連れていけるくらい魔力に余裕があればいいんだけど……」


 とはいえ、重荷が増えれば増えるほど必要な魔力量が増える。シルフィのような小柄な少女ならあるいは一緒に連れていけたかもしれないが、実際に試したことがない。


「万一のことが起こって、相手を巻き込むと可哀相だものね……」


 物騒なことをさらっと言いながら、半日ほど進んだ。


 途中、小さな集落は幾つかあったように思ったが、コレイド地方にはまだ到着できていないようである。


「道を間違えたりは……していないわよね」


 シルフィからは一本道だと聞いている。だから大丈夫なはずであるが、ひたすら跳びはねて移動しているので分岐点などを見落としていた可能性もある。


 ただ、そうと確信できない以上、ひとまず進むしかない。



 更に3時間ほど進むと、少しずつ高地にさしかかっていく。


「おっ、山の上の方に」


 明らかに街が見える。


 山上にある大きな街が、コレイド地方の中心地であるサンファネスと聞いているから、あれがそうだろう。


 シルフィが戻るまではそこで作戦会議をしているということなので、主だった面々も集っているはずだ。


 エディスは手紙を取り出して、確認する。


「これをなくすと、ひと悶着になるものね」


 持っていれば大丈夫だ。


 実際はそんな保証もないのだが、あと一息と考え、エディスは再び街へと飛ばしていく。



「ふーん……」


 着いてみるとサンファネスは予想以上に大きな街であった。山の裏側が更に大きく切り開かれており、万を超える人間が住んでいそうである。


 街作りといったものに疎いエディスであるが、山をこれだけ切り開くのは大変だろうということは容易に想像がつく。


 シルフィの兄及びツィアという人物を探しに行くが、幸か不幸か、すぐにきっかけがやってきた。


「おい、そこのおまえ!」


 歩いていると、衛兵らしい者に呼び止められた。


「全く見ない者だが、どこからやってきた!?」


 かなり敵意に満ちている。


 こんな格好なのにそこまで疑うものか、エディスはそう思ったが。


(あ、考えてみれば近くの街が全滅したんだった)


 カチューハもそうだったが、中規模であるため、コミュニティに住む者をほぼ把握していそうである。見たこともないローブをまとう人物が歩いていれば怪しまれるのは当然だ。


 エディスは早速シルフィからの手紙を開いた。何度も指さして見せると、相手はけげんな顔で中身を見る。


「シルフィ・フラーナス? ということは、陛下の客人の? 本当か? おまえみたいな変な奴に? スイールのミアーノ侯女?」


 衛兵が混乱しているところに、「どうした?」という若い男の声がした。


「あ、ツィア様。それが、シルフィ様からの手紙を持つ変な奴がおりまして……」


「変な奴?」


 通りの陰から出て来たのは、やや長身の銀髪の青年であった。


(むむっ、これがシルフィちゃんの主人なのね。何だかセシエルをもうちょっと賢くしたような感じに見えるわ) 


 口にしたら、従弟がむくれそうな評価。


 それがツィア・フェレナーデに対するエディスの最初の印象だった。

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