二人の子・2

 急使の男が屋敷に入ってきた。


 声に聞き覚えがあるのは当然だ。自らもよく使っている伝令なのだから。


 レルーヴ公領の色といってよい緑色をベースとした服装の急使は、ネイサンとコロラの前で膝を落とし、一通の封書を恭しい手つきで差し出してくる。


「奥様から、急ぎこの手紙を持っていくように言われました」

「デボラが?」


 ネイサンが首を傾げた。



 ネイサンの妻デボラ・マイヤースはネイサンより3つ年下で、この年26歳。


 控え目な女性で、物事を大きく荒立てるタイプではない。


 その妻が、異国に旅立った夫に急使を、しかも手紙を送るとなれば余程のことである。


「本国で何かあったのだろうか?」


 いぶかしみながらも封書を受け取り、それを開いた。


 サッと目を通し、ネイサンは「何っ!?」と叫んでその場で固まる。


「一体何が?」


 と問いかけてくるコロラに、ネイサンは無言で手紙を渡した。



『ネイサン・ルーティス殿

 過日生まれました、私の次女エディスですが、残念ながら心臓に病を得ていたようで僅か3日、3月1日に亡くなりました。短い時間ではありますが、本人は必死に生きたのではないかと思っております。かねてより祝福の品などを余るほど受け取りながらこのようなこととなり、父母共に大変に無念な気持ちでございますが、ひとまずご報告まで。ハフィール・ミアーノ』



「旦那様、これは……」


 コロラが何かを言いたそうな顔を向ける。ネイサンはそれを制止した。


「言うな。おまえが思うことは、多分私も考えたことだ。だが……、これもまたいくら親友とはいえ簡単に言い出せることではない」

「そ、そうですね」


 コロラは出過ぎましたと頭を下げた。ネイサンは「気にするな」と宥めて、急使に視線を移す。


「デボラはこの手紙をおまえに預ける時、何か言っていたか?」

「はっ。今回の旦那様の仕事は大切なものであることは理解していますが、長年付き合いのあるハフィール様がこのようなことになられた以上、なるべく早く切り上げて戻ってきてほしいということです」

「分かった。コロラ、後のことは頼む。オルセナ王には恩を売っておいたから、商談その他はこちらのペースで進むだろう」

「分かりました」

「アララコ、明日ハルメリカに向けて発つ。おまえは一足早く戻り、デボラにハフィールと夫人をハルメリカに招待するよう伝えておいてくれないか?」

「分かりました!」


 急使は機敏な動作で一礼をすると、そのまま屋敷を出た。


 再び馬の嘶きが聞こえ、足音が遠くへ駆けて行った。



 ネイサンは乳児を抱えている乳母を見た。


「慌ただしくて申し訳ないが、ついてきてもらいたい」


 乳母は無言のまま小さく頷いた。何を考えているのかは分からない。ここまで来たら、行くところまで行ってしまえ、そういう心境なのかもしれない。



 翌朝、ネイサンは言葉通りに馬車でレルーヴへの帰還の途についた。


 徒歩であれば20日超の距離であるが、馬車を飛ばしているのでその半分に満たない9日で舞い戻る。



 ネイサンの本拠地ハルメリカはレルーヴの南側、突き出た半島の先端にある港町である。


 北と西、南側の三方向に港がある。完全に海洋交易に特化した街づくりをしていた。


 ネイサンは西と南、二か所の港を回ったが、まだスイールからの船は来ていない。すなわち、彼が待つ男ハフィール・ミアーノはまだ来ていないということである。


 急ぎたいところだが、その方が都合はいい。


 ネイサンは改めて街の中心にある屋敷へと戻った。


「戻ったぞ」


 と入ると、ゆったりとした服をきた妻が、幼い少年を連れてくる。


「父上、お帰りなさい!」


 はきはきとした少年の挨拶にネイサンは思わず笑みを浮かべる。


「寂しかったか? ネリアム?」

「いいえ! 父さんがいない以上、母さんと屋敷は私が守らないといけませんから!」

「ハッハッハ、そうかそうか。頑張ったんだな、ネリアム」


 6歳の子供とは思えない言葉に、ネイサンは思わず笑い声をあげた。ポンポンと頭をなでて、鞄からお菓子を取り出す。


「では、立派に街を守ったネリアムに褒美をやろう」

「ありがとうございます! では、守りは父さんに任せて食べてきます!」


 ネリアムはそう言って、廊下を駆けて自室へと戻っていった。



 妻と二人、残される。


「デボラ、本当はでかしたと祝福したいのだが、残念ながら先にしなければならない話がある」

「何でしょうか?」

「セシリームでオルセナの王女を預かってきた」

「オルセナの王女様?」


 デボラが目を見張る。


「あぁ、我が大公が、自分の息子の妻に寄越せと迫ったらしく、オルセナ王がそれはあんまりだと私に預けてきた」

「どうなさるおつもりですか? さすがに私が半年間で二回産んだということは無理だと思いますが」

「ハフィールに預けようと思う」

「……」


 デボラは黙りこくった。


「まずいと思うか?」

「分かりません。私達もネリアムを自分達の子供だと思って育ててきました。同じことをハフィール殿も思うかもしれませんし、マーシャには心を癒してくれる子が必要かもしれませんし。ただ、二人が余計なお世話だと思うかもしれませんし」

「そうだな……」

「いきなり切り出すのはまずいだろうと思います。タイミングが重要かと」

「分かっている。おまえにも協力してほしい」

「分かりました」


 妻の承諾に、ネイサンは笑った。


「助かる。そして、よくやった。もうお腹の音とか聞こえるかな?」


 妻のお腹に耳を寄せようとすると、デボラが呆れたような笑い声をあげながら言った。


「まだ三か月ですよ。いくら何でも無理ですよ」



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プロローグは三話の予定だったのに、一話増えてしまいました(汗)

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