第10話 仇討ち決行
次の日、ツィアはシルフィ、エマーレイ、ファーミルを伴ってユーノの王城近くまでやってきた。
「ファーミルとエマーレイは馬を揃えておいてくれ」
入り口に入る前に2人に指示を出す。
「分かりましたが、大丈夫ですか?」
ファーミルが不安げな顔をする。
ラルス第二の貴族の跡取りで、魔術学院学長の長男である。性格もさることながら荒事には向いていない。内心ではオロオロしている雰囲気がある。
「大丈夫だと思う。シルフィちゃんもいるし」
「任せて」
シルフィがサムアップして応える。
姿を消せる彼女だが、小柄で筋力はないから戦力としての期待はそう大きくない。武器はそれなりに使えるが持つと当然バレるということもある。
しかし、それでも不可視の存在なのでサポートとしては期待できる。
「でも、どうやってバレないように始末するの?」
シルフィが抱えている疑問を口にした。
ツィアは全く感情を変えずに答える。
「別にバレても構わないと思っている」
「えぇっ?」
「正直、ユーノにまた来ることもないだろうし、あの大公ではユーノを長く維持できないだろう。別にバレても構わないから、堂々と面会して正面から倒す。その方が相手も警戒しないだろうからな」
「ツィアさんって、日頃は冷静なのにたまに滅茶苦茶強引だよね……」
シルフィは呆れたような顔をしたが、止めることはなかった。
王城の中央に大公リッスィの居室があるが、グルケレスの居室は王宮の外にある大きな屋敷であった。
「一年でこれだけ大きな屋敷に住めるなんてすごいね」
シルフィの小声が聞こえてくるが、それだけ大公の期待が強いということなのだろう。
ツィアは姿を消したシルフィを伴って入り口に立ち、今回は直接グルケレスに面会を求めた。
「それらしき薬があるのだが、少し協力してもらいたい。すぐにではないが、当然恩は返します」
と、便宜を求めるようなことを言って、しばらく待つ。
10分もしないうちに面会を許可するという報告が入った。
衛兵に伴われて中へと入る。
この大きな屋敷は元々、大公の長男であるグラッフェが利用していた建物らしい。
サルキアが生まれたのも、この屋敷だったようだ。
最初は応接間に案内されそうになったが、ツィアはにっこりと笑いかける。
「できれば、執務室の方でお話ができれば」
「……畏まりました」
ビアニーの王子という立場が効いたのだろう。
意見が容れられ、執務室へと案内された。
広い執務室の中に、冴えない顔つきの髭面の男がいた。すぐに頭を下げて挨拶してきた。
「私がグルケレス・ハファドコーレスです。ソアリス殿下にお会いできまして大変光栄にございます」
「ソアリス・フェルナータだ。いきなりだけど話に入って良いかな?」
「当然でございます」
「大公が言っていたことが、どうにも気になって、大公に聞いたら直接グルケレス殿に聞いた方が良いと言われた」
「左様でございましたか」
大公の名前を出すと怪しまれるだろうかと思ったが、特に疑われることはない。
「我々はソアリス殿下の許可をいただいているアンフィエルで前進的な実験をしております。将来的には死者の蘇生もできうる技術を目指していますが、当然、その前段階で難病の人を治すこともできるでしょう」
「そうなのか。私には全く想像がつかないが、そういうことを研究していたのか」
「もちろん、皆さん、最初はそうおっしゃるのですが、例えばこれをご覧ください」
グルケレスは机の下にある小さな箱を取り出した。
それを開くとネズミがいる。
「これはネズミかな?」
「はい、これを」
グルケレスがスパッと切断した。
「……酷いことをするね」
ツィアが意図的に嫌悪感を露わにするが、グルケレスはにこやかに笑う。
「ですが、この薬を使えば」
薬を垂らすと、たちまち二つに別れたネズミがそれぞれに再生を始める。
(なるほど、こういうことか)
ツィアはアロエタで見たものの正体を理解できた気がした。
もちろん、その内心は口にも表情にも出さない。
「……いかがですか?」
「いや、びっくりしたよ。こんな技術があるんだね」
「技術ではなく魔道なのでございます。これが完成すれば許婚の方も元気になられます。もちろん、ソアリス殿下の頼みであれば優先的に対応いたします」
「本当かい? それはありがたいね」
ツィアが礼を言うと、グルケレスも微笑む。
「とんでもございません。ソアリス殿下は既にビアニーでも色々ご協力をいただいているということで、今回、私達の真意を知っていただいて嬉しいです」
右手を差し出してきたので、ツィアも応じる。
握手した瞬間に、全力で自分の方に引き寄せた。
「あっ!?」
と、叫ぶ声がはっきりする前に、ツィアは短剣を抜き放って首筋に突き立てた。
そのまま床へと突き倒す。ドンという音とともに床に赤黒い染みが広がっていった。
「……協力じゃないよ。あんたを始末することに、何の問題もないことを自ら白状してくれたことが有難いのさ」
「相変わらず見事な手はずだね~」
シルフィの感心したような声が聞こえる。
「これだけ近距離で攻撃したのに、返り血も全く浴びてないというのがすごいね」
「まあね……」
ツィアは短剣をそのままにして、机に近づいた。
命令書の控えらしきものが束となっている。それをめくって目を通していく。
「あった」
「何が?」
「サルキア大公子への措置だよ。やはり屋敷に軟禁して、従者共々食事に毒を混ぜるような指示を出している」
「即死する毒なら良かったのに、ね」
そうすれば、最後のメモ書きはなく、グルケレスにたどりつくのにもう少し時間がかかっただろう。
「いや、弱めの毒の方が、再生の実験にはなったはずだ」
「……大公子にそんなことをするのかな?」
「魔道力が強いというからね。色々試せることがあるんだよ。ひょっとしたら、俺も明日にはターゲットになっていたかもしれない」
ツィアも魔術学院での成績は良い。魔道的な実験をするなら被験体としてはちょうど良かったはずである。
「怖いね……」
ツィアは死体はそのままに部屋を出た。
「それではグルケレス殿、お願いします」
部屋の中に向かって頭を下げて、近くの衛兵には「資料を精査してもらっているようだ」と語り、そのまま外に出る。
そのまま、ファーミルとエマーレイの待つ馬のところへ向かっていった。
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