第8話 危険な推測
セシリーム南部に戻り、まずは念のためコスタシュ達三人が戻ってきていないか探し始める。
これに半日擁し、こちらにいないことを確認してまずはジーナとエルクァーテのところに行く。
「ヤッホー。偵察してきたよ」
「……どうだった?」
「三人とも脱走したみたいね。こっちに戻ると関わり合いがバレるかもしれないからってことで、そのまま北の方に逃げていった」
自分がそうするように仕向けた、とはもちろん言えないので適当な理由をつける。
「脱走できたのか」
「水上宮殿も人がいないみたいね。侵入するだけなら簡単だったよ。落とすのもひょっとしたら楽かも」
冗談交じりに言うが、エルクァーテが首を横に振った。
「いや、落とせるとしても、今、やるのは望ましくない」
「何で?」
「以前もそうだったが、オルセナ国王がいなくなって無政府が確定となると、外国に支援を求める者が増える」
「あぁ、なるほど、オルセナが他所の国の領土になってしまうわけだ」
「いや、それなら別にいいのだが」
「いいの!?」
エルクァーテのどうとでもない、という言葉に驚いた。
「この状況なら、他所の国に支配された方がまだマシだというところは多いだろう。他国が統治してくれるのなら良いのだが、統治する気はなく、いらない人間だけ送り込まれると困る」
オルセナから誘いがあったとはいえ、今のオルセナにホイホイ出かける人間はほぼいないはずである。来るとすれば、犯罪者などの良くない素性の人間、あるいは悪事を企むような人間だろう。
そういう人間が増えては元も子もない、ということらしい。
「だから完全に全土を統治できるという自信を持たない限りは、国王を生かしておく必要があるというわけだ。不愉快なことではあるが、ね」
「なるほど。政治的考慮というやつね」
自分もセシリームでは結構そういうことをやらされている。
だから、他人事とはいえない。
とりあえず、コスタシュ他の救出作戦を組む必要がないと安心させ、次はツィアのところに報告に向かった。
ツィアはさしあたり客人ということで、セシリームの一つの建物を用意されている。もっとも、入口付近には2人の衛兵がついている。護衛名目ではあるようだが、実質的には怪しいことをしないかどうか見張っているのだろう。
本人はというと、地理の本をどこかで探してきたようで、それを読んでいた。
「コスタシュなんだけど、自分達で脱走していたわ」
「ほぉ?」
あまり関心の無さそうで答える。
「警備が緩いから資料室を覗いたら、ビアニーとの取引っていう資料があったからちょっと読んできたよ」
「ビアニーとの取引? 水上宮殿が?」
「そうなの。ほら、オルセナって昔はビアニーもバーキアも支配していたわけでしょ。今も現実はともかく名目としては支配しているつもりで、大公を任命していて、取引もしているみたい」
この話はさすがにツィアも初耳だったらしい。
「……なるほど、確かに言われてみるとオルセナとしてはビアニーの支配権を放棄したつもりはないだろうからな。オルセナに協力しそうな奴をビアニー大公として連携をとるということは普通にありうることだ。勉強になったよ、シルフィちゃん」
「それで、オルセナがそのビアニー大公に奴隷を売っているみたい」
「奴隷を?」
ツィアの表情が険しくなった。
ということは、ビアニーでは奴隷の売買を認めてはいないらしい。
「旧バーキアの王都アンフィエルまでは護送するみたいで、そこから先は書いてなかった」
「アンフィエル……」
「必要だったら持ってこようか?」
「いや、そこまではいい。別に疑っているわけではない。アンフィエルか……」
明らかに心当たりがありそうな様子だ。
「もしかして、心当たりがあるの?」
「まあね。一応、心当たりはある。いや、ちょっと待てよ……」
ツィアの表情が一層険しくなった。
「王子は死んだ。国王は寝た切りという話である以上、水上宮殿の主導権を握るのは誰だ? ホールワープ家か……」
「ホールワープ家?」
「オルセナ最大の公爵家だ。北のピスフェン領主だったはず。王家が機能していない以上、そこの当主が実質のトップということになる」
読んでいた本を閉じ、真剣な様子で何かを考えている。
二分ほど思索した後、シルフィに視線を向けた。
「悪いけど、もう一度水上宮殿に入ってもらえないだろうか?」
「構わないけど、何を調べるの?」
「オルセナからアンフィエルに奴隷が行っているのは分かった。その代わりにアンフィエルからオルセナに来ているものが何かないか、具体的には研究者、学術結果、研究結果というものだ」
「研究者、学術結果、研究結果?」
「そうだ、ここオルセナは奴隷が大量に売られるなど人命が軽いことこの上ない。その奴隷を元に研究された技術を、ここオルセナで実験する可能性が大いにある」
「そうなるとどうなるの?」
「どんな研究か、俺自身が把握していないから、どうなるかについては憶測でしか言えない。しかし、仮に実現すれば、南セシリームの面々は非常に困難な相手と戦う羽目になる可能性が高い……」
「よく分からないけど、大変なことになりうるということね。分かった、ちょっと調べてみる」
「頼む。事の次第によっては、俺は今すぐビアニーに戻る必要がある……」
相当に深刻な事態であるようだ。シルフィは「オッケー」と親指をあげて、再び水上宮殿の方へと向かっていった。
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