第7話 ビアニー大公

 夕方近く、シルフィは睡眠薬を取り出して、飲み水の中に混ぜた。


 眠りこけた見張り達を尻目に地下に降りて、無造作に置いてある鍵でそれぞれの独房を開ける。


 こんなにうまく行って良いのかというほど呆気ない。



 コスタシュと残りの2人もめいめいに感謝の言葉を口にするが、「とりあえずさっさと出るわよ」とシルフィは宮殿の外まで案内した。


 そのまま船のところまで行って、3人に乗るように指示を出す。


 その間、一度も姿を見せることはない。「こんなガキか」と侮られかねないこともあるし、コスタシュをはじめ3人とも戻らせたくないので恐怖感を与えておきたいという思いもある。


「さっきも言ったけど、セシリームの外から出て行くことが条件だからね。残っていたら、今度はあたしが始末するから」


「……分かっているよ。ビアニーの王子が出て来るとなると、色々関係がややこしくなりすぎるからな」


「一つだけ頼んで良いか?」


「何よ?」


 さっさと行けよ、と思いつつも、一つだけなら言わせた方が早く行くだろうと思って聞くことにする。


「あんたはエディスの許婚について知っているか?」


「許婚?」


 それは初耳である。


「トレディア大公の孫のサルキア・ハーヴィーンだが、こいつがトレディアで内戦中だ」


「トレディアのことは知っているけど……」


 というより、オルセナである程度調査が済んだら、トレディアに行く予定である。


 そこの王族がエディスの許婚となると、良いのか悪いのか、一概には言い難い。



 サルキアとエディスが結婚するのであれば、オルセナのことは無しになるだろう。


「そうとも言えんのだ……」


「何で?」


「オルセナ王ローレンスにはもう子供を作る能力がない。奴が死ねば、その後継者はエディスだけとなる。オルセナ王はトレディア大公やレルーヴ大公、有名無実だがビアニー王やバーキア王を任命する権限がある。そこで俺は一つ考えてみた」


「何を?」


「正直、ここオルセナにいるのは賢くない。しかし、エディスがスイールにいたままでも亡命オルセナ政府のようなものを作れるなら、結構効果的なのではないかと思ったわけだ」


 シルフィにもコスタシュの言わんとすることは理解した。


 安全なスイールにいつつも、オルセナ王としての形式的な権限を振るう。


 例えばトレディア大公としてサルキアを任命する、という具合だ。


「それができるのかどうか、色々歴史資料を見たかったわけだが」


「それで捕まったら世話がないわよね」


「そうだな。あんたはそういうのが出来そうだから、もしうまくいけば、ラルスに来た際には教えてくれ」


「行かないわよ」


 シルフィはあっさりと断り、「さっさと行け」と繰り返した。


 3人は船に乗り込み、そのままセシリーム北部の岸へと向かっていった。



 残ったシルフィは、先程のコスタシュの言葉を考えてみる。


 オルセナ王が旧オルセナ4大公国に影響力があることはもちろん知っている。


 ビアニーのような怨敵もいるが、とことん恨むというのもある意味強い影響力である。


(つまり、オルセナはビアニー大公とかバーキア大公を勝手に決めているのかな?)


 ありうる話である。


 オルセナはそもそもビアニーやバーキアの独立すら認めていない。となると、自前で勝手に誰かをビアニーやバーキアの領主として任命している可能性が高い。


(そういう資料があると、一応ツィアさんに教えてあげてもいいかもね……)


 シルフィは再び宮殿の配置を思いだし、資料室へと向かう。


 夜なので誰もいない。鍵もかかっていなかった。


(つくづく不用心だなぁ。というか、管理する人を雇う金もないから仕方ないのか)


 つくづく悲惨な国だと思いながら、少しだけ扉を開けて中に入る。


 中に入るとすぐにビアニーとの取引という表紙の資料があった。


 近づいてみると、すぐ最近に使ったような跡がある。ということは、ビアニーの誰かと取引しているらしい。


(これは本当なら由々しきことかもね)


 シルフィは中を開いた。



「3月1日……ってことは、半年も経っていないのね。何々、取引はオルセナからは奴隷50人を輸送してうち20人は子供。代金は金貨500枚。1人あたり金貨10枚か……。ほとんどをフンデからかっさらうわけで、他所の国の子供を何だと思っているんだか」


 怒りがこみあげてくるが、感情的になっても仕方がない。続きを読むことにする。


「レルーヴの盗賊を使ってセローフ経由でアンフィエルまで運ぶ。レルーヴ大公子ロキアスに金貨500枚を渡して臨検を免れる。奴隷50人と臨検回避の賄賂が同じ値段ってわけね。で、バーキアの首都アンフィエルに運ぶ。ふーん。ビアニーと取引するけど、運ぶのはバーキアなんだ。そこからは自分達で運ぶのかな?」


 それ以上のことは分からない。


 過去の資料を見ても、大体似たようなものだ。奴隷を定期的に購入している者がビアニーにいるようで、運搬方法は同じで運ぶ先はアンフィエルである。


「誰と誰が契約しているのかが分からないなぁ」


 それが分かればツィアに見せる資料になりそうだが。


 シルフィは資料をくまなく眺めるが、書いていない。いや、オルセナ側の担当者は分かった。暗殺前まではオルセナ王子ブレイアンがなしている。一方のビアニーの担当者はビアニー大公とあるだけで氏名が書いていない。


「ヒントはアンフィエルくらいか」


 それ以上のことは分からない。


 ただ、オルセナ側が認めるビアニー大公がいるというのはツィアにとっては望ましくない情報だろう。これを知ることで、一時的にエディスのことを忘れるかもしれない。


 シルフィはこれを伝えようと、中身を簡単にメモして、元の場所に戻した。


 そのうえで、来た道を戻ってセシリームの南側へと戻っていった。

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