第9話 オルセナ貴族の争い
ツィア・フェレナーデの指示を受け、シルフィは再び水上宮殿へと入ろうとした。
その日の夕方のうちに着いたが、前日とは明らかに様子が違う。
(げげっ? 衛兵の数が一気に増えている!?)
昨夜は3人しかいなかった宮殿のある島にいる衛兵の数がパッと見ただけで10人まで増えている。
昨日、コスタシュ達を逃したことから多少警戒が厳しくなるかもしれないことは予想していた。
しかし、いない理由が「金欠」であるだけに、改善しようがないと踏んでいた。
3人が5人に増えるくらいは予想していたが、3倍以上の警戒というのはシルフィの想像以上だ。
(……つまりその気になれば金はあるのだろうか?)
よく分からない。
警戒が厳しくなったことは理解したし、何かを持ち出すなどの行動をとるのは難しそうだ。
しかし、シルフィは中に入ることは諦めていない。
(ここの弱点は、どれだけ警戒を強めても内部の人が移動するために舟を使うしかないことなのよね)
水上宮殿に行き来するセシリーム側の人物は毎日20人ほど。
全員が舟を使うのであるが、身分が高い者ほど大きな舟を使う。しかも、様々な荷物を積んで入る。
よって、シルフィは船着き場に移動し、身分の高い者が水上宮殿に移動するのを待つ。
1時間ほどすると、3台連なった馬車がやってきた。
馬車から降り立ったのは20半ばくらいの、割合きちんとした服を着た男だ。セシリーム周辺ではまあまあの身分であってもきちんとした身なりでいる者は珍しいから、かなりの高位にいる男なのだろう。
当然、男は舟に乗って水上宮殿に入ることになる。
従者などが荷物を積み込む近くにシルフィも入った。船頭が一瞬「あれ?」という顔をしたが、荷物の中身を聞くわけにもいかないのだろう。重い荷物か何かと解釈したようだ。
舟はそのまま川の中腹へと向かう。
一同は無言だ。なので、彼らが何者でどういう意図でやってきているのかは分からない。
舟がつくと、シルフィは一足先に降り立って、一同が陸にあがるのを待つ。
そのまま、男についていくことにした。明らかに身分が高そうな男だから、多分色々なところに行くだろう。単独行動よりこの男についていく方が賢そうだ。
更には鎧をつけた衛兵がガチャガチャ音をたてているので、足音を気にしなくて良いメリットがある。
男は真っすぐに中央の部屋を目指して歩いていた。
シルフィは入ったことのない部屋であるが、そこが王の部屋であることは明らかだ。
「レイフィス・フィオローセ・ケイレル、参りました」
男が入り口の前に立つ衛兵に声をかけ、彼らが「ご苦労様です」とすぐに扉を開いた。
中に入るレイフィスと衛兵に続いて、シルフィも入る。
至るところにボロが見られる水上宮殿であるが、この部屋はきちんと手入れがされているようだ。ビビのようなものはないし、絨毯もしっかりしている。
その奥の玉座も立派なものだが……。
(あー、これはまあ、ここから子供を作るのは無理そうね)
その上に座る者に対しては、残念な思いを抱く。
ツィアも、他の者も、「ブレイアンが死んで、ローレンスに更に子供を作ることはできない」と言っていたが、確かにそこに座るローレンスはかなりやつれており、相当に弱っている。立ち上がることさえ、側近の2人の助けを受けなければならず、王冠をかぶる負担も厳しいようだ。
それでもローレンスはヨロヨロと立ち上がり、レイフィスと向かい合う。
「よく来てくれたな、レイフィス」
「ははっ、殿下の死に際して来ることが叶わなかった点は平にご容赦ください」
「……大丈夫だ。それは気にせぬ。レイシェと語らい、うまく治めてくれ」
「……承知しております」
レイフィスは胸に手をあて、一礼して外に出た。
(ふむふむ、何となくだけど、こいつはしっかりしていそうね。でも、一体何者なんだろう?)
本人が名乗ったので、もちろん名前は分かった。身なりからしても相当しっかりしていそうだが、どのような身分でどういう立場の者は分からない。
(ツィアさんに聞けば一発で分かるんだろうけどねぇ。あの人、嫌よ嫌よも好きのうちレベルでオルセナのこと知り尽くしているし)
レイフィスの向かう先はすぐに分かった。資料室だ。
「入るぞ」
ここでは丁寧さの欠片もない挨拶をして、中に入る。
資料室の中央、シルフィがまさにビアニーとの取引についての資料を開いていたところに、これまた上位身分と思しき礼服を来た男がいた。
シルフィはこの男には見覚えがある。前回、忍び込んだ時に王子ブレイアンと話をしていた男だ。その時もあまり冴えない男と思った。冴えているように見えた若者もいたが、そちらは王子と共に死亡したようだ。
部屋に入るなり2人の視線が絡む。一瞬、火花が散ったようにも感じられた。どうやらこの2人、仲が良くないようだ。
レイフィスがまず淡々と自分の任務を果たしたことを言う。
「……ホールワープ公、貴様の指摘通り、資金と最低限の食料は供給しておいた。もちろん、国王陛下の御為に、な」
貴様のためではないぞ、という言外の言葉がはっきりと伝わる。
「貴様がレルーヴから連れてきたとかいう魔道士はあっさり処刑されたようだし、殿下まで暗殺されたという。俺が貴様の立場なら恥ずかしくてとてもこの場にはいられんが、な」
「嫌味は良い。陛下のために尽くしてくれよ」
「それは問題ない。ただ、それ以前に」
レイフィスが奥の資料の棚に視線を向ける。
「ここ二、三年の資料についてすべて見せてもらおう。特に奴隷取引に関するものを、な」
(おっ、もしかして、あたし、ここで立っているだけで望むものが得られる?)
シルフィにとって、思わぬ展開となってきた。
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